日覺 昭廣 東レ株式会社社長
危機の中で優位に立つ中国式市場経済

1926年にレーヨン繊維の生産で創業した東レ株式会社は、日中国交がまだ回復していない時期から、中国の求めに応じて、原材料を輸出し技術支援を行ってきた。今日、東レは世界で最も早く炭素繊維や逆浸透膜を開発した企業として成長を遂げた。創業以来、東レは「会社は社会に貢献することに存在意義がある」を経営方針とし、世界23余りの国と地域に236の会社を擁するまでになった。地球温暖化や環境汚染がグローパルな問題になっている今日、東レは新しい技術を通じて環境保護を推進し、安全な生活環境を創造するというビジョンを定めた。5月20日、東レグループのCEO兼COOである日覺昭廣氏を東京本社に訪ねた。

 

中国経済の将来は希望に満ちている

―― 東レと中国との経済交流はいつごろ始まったのでしょうか。

日覺 1956年、東レは香港に支社を設立しました。ここから弊社と中国とのご縁が始まったと言っていいでしょう。73年、東レは中国側の求めに応じて、上海石油化学総廠に向けてポリエステル原料とポリマー工場の大型プラント技術を輸出しました。92年、香港の子会社と陝西省の企業とが合併し、小規模の染色会社を設立、94年には江蘇省南通市にポリエステル織物染色会社を設立しました。これが弊社の中国における初めての生産拠点です。

弊社の中国国内への進出は現在までに20年近い歴史があり、現在、弊社は中国大陸に20数社の子会社を持ち、そこで働く従業員は8000名を超えています。

―― 今や中国のGDPは日本を抜いて世界第二位となりましたが、今後の中国の発展についてはどのような見通しをお持ちですか。

日覺 中国は世界の工場から世界の市場へと発展しています。今後、弊社は中国でさらに積極的に貿易規模を拡大していく予定です。中国のGDP成長率は2010年第四四半期の9.8%から2012年第三四半期の7.4%まで下降していますが、1年間のGDPが600兆円余りの国家としては5%の成長率で30?40兆円に達するわけですから、これは小さい国家のGDPに匹敵します。私は中国の将来の経済発展は希望に満ちていると思います。

―― 昨年9月以来、日中間には摩擦が生じています。昨年末に日中両国ともに指導者が交代しましたが、今後どのようにして、日中関係を良好な関係にしていくべきだと考えますか。

日覺 私個人の意見ですが、時間をかけて協議し解決していく必要があると思います。日本と中国は世界第三、第二の経済大国であり、ともに手を携えて、アジア経済をリードしていく必要があります。これは日本と中国が背負った使命なのです。たとえ両国間に問題が生じても、両国は話し合わねばなりません。現在のような状態が長く続くようであれば、共倒れを招くだけです。

 

中国はまさに「ハイエンド市場」期に突入

―― 東レは米国ボーインク社の新型旅客機787型機に炭素繊維を独占供給しており、総合的な競争力では世界一位と聞いています。今後は「格安な市場」と言われるアジアの新興国も急速に発展すると思いますが、どのように対応されるのでしょうか。

日覺 アジアの新興国にはもう「格安な市場」という言い方は当てはまらないと思います。 4、50年前、弊社は東南アジアに進出しました。当時は確かに労働力が安く、比較的廉価な生産拠点でした。しかし、アジアの経済成長にともなって、東南アジアなど新興国の生活レベルは上がり続け、人々が商品を買うのはすでに単純に生活の必要を満足させるためではなくなり、商品の付加価値に対する要求はますます高くなっています。

繊維業界を見ても、一人当たりGDPが3000ドル(約30万2000円)を超えると、日用品の販売量は大幅に増加し、一人当たりGDPが5000ドル(約60万4000円)を超えると、ぜいたく品の需要が拡大します。現在中国の一人当たりGDPは5000ドルに近づきつつありますし、また最もベンツの購買量が多い国は中国だと聞いています。中国ももう「格安な市場」ではありません。中国のぜいたく品の市場規模は2020年には20?25兆円に達すると見られています。

ですから、弊社ではグループの先進的な技術を応用してさらに高性能、高品質な製品を生産し、「格安な市場」を抜けて「ハイエンド市場」に入る時期の、中国を代表とするアジアの新興国に対応していく計画です。

 

グローバル人材の育成と人材をグローバルに育成

―― 企業の発展のカギは人にあります。経済がグローバル化している現在、東レではどのように人材を育成していますか。

日覺 弊社の故・前田勝之助名誉会長は「人が企業の盛衰を支配し、人が企業の未来を開拓する」という言葉を残しました。この言葉は東レの人を主体とした経営方針を物語っています。人材育成は二つの方面から考える必要があり、一つはグローバル人材の育成、もう一つは人材をグローバルに育成することです。

グローバル人材の育成は、グローバルな範囲で活躍できる人材を育成することです。彼らは高い専門的技能と良好なコミュニケーション能力を備えており、異文化の異なる価値観を持った人を受け入れ、説得できなければなりません。さらに、グローバルな視点と国際競争の意識を持ち、事業の発展を推進できなければなりません。そのために前提として弊社では、自国の歴史と文化を理解し、東レの歴史と文化を理解し、東レのDNAを継承することを求めています。

さらに、人材をグローバルに育成することについてですが、弊社では世界中の会社で、毎年平均300?400名の現地大学卒の従業員を雇用しています。その内、中国では100名以上の大卒者を採用しています。こうした従業員の育成には、従業員一人一人の経験と実力によって育成方向とマスターすべき技術などを設定し、また従業員一人一人の素質と適応性によって業務内容と将来のポジションを調整・計画します。アジア各国の東レグループ会社の中で、役員への昇進率は30%です。

 

環境問題の解決は企業の使命

―― 東レではグリーンイノベーションを重視していますが、企業として、社会の発展と環境保護のためにどのように貢献すべきだとお考えでしょうか。

日覺 20世紀に入ってから、世界経済の急速な発展は地球の温暖化やさまざまな環境問題を引き起こしました。現在、社会と企業が共同で環境問題に対応していくことが求められています。環境問題の解決、特に省エネの分野では、原材料が非常に重要な役割を果たします。

例えば、ユニクロと弊社の共同開発商品である「ヒートテック®」のように高機能繊維で作った服を着れば、冬は暖かくなり、人々は自発的に室内のエアコンを調節して電力を節約できます。また弊社の炭素繊維で作られた飛行機を使用すれば、機体の全重量を軽減でき、よって航空燃料を節約できます。さらに、弊社の水処理技術を海水の淡水化処理に使用すれば、多くの石油が必要なくなります。

私個人としては、あらゆる製品の元となる素材は社会を本質的に変え、人々の生活をより良くする力を持っていると思います。ですから、東レは先頭を切って技術革新を続けていかなければなりません。これはわれわれの社会的使命なのです。新製品、新材料の研究開発には長い時間と大きなブレイクスルーが必要だとはいえ、長期的タームに立脚してやり抜く必要があります。長期的な研究開発を行うには、強烈な企業の信念とサポートが必要です。まさにこのような企業の信念によってこそ、イノベーションを創造でき、新材料を創造し、それによって社会の本質を変え、人々の生活をより良くできるのです。

 

中国の若者には大きな成長の余地がある

―― 今までに、何回中国を訪問されましたか。中国で最も印象に残っていることは何でしょうか。

日覺 初めて中国に行ったのは2000年で、江蘇省南通市、北京市を訪れました。行くたびに新しい変化があります。例えば、以前は広大な田園だった所にハイウェイができていたり、大規模な工場が建っていたりします。まさに日進月歩です。

中国には4000年以上の歴史があり、日本は2000年余の歴史です。悠久の歴史のなかで、中国はずっと日本の先生であり兄でした。古代日本文化の形成は、主に中国文化の吸収と融合によるものです。例えば漢字は中国から輸入したものですし、遣隋使、遣唐使も多くの中国文化のエッセンスを持って帰りました。現在も、日本の学生は中国の漢詩やことわざなどを学んでいます。根底には、中国と日本の文化は相通じるところがあると思います。

明治維新以来、日本は中国よりひと足早く西欧の技術を導入し、産業を革新し、世界の先頭に立ちました。現在、中国は日本を超え、世界第二位の経済大国となりました。私は世界第二の大国と第三の大国が協力に提携し、ともにアジアと世界をけん引していくことを願っています。

 

祖先は仏教僧の家系

―― 最後に個人的なことですが、私は日本に来て25年になりますが、「日覺」という名字は初めてです。名字の由来を教えていただけますか。

日覺 実のところ私自身もはっきりしておらず、祖先を江戸時代までさかのぼると僧侶の家系だったことしか分かりません。この名字は仏教から来たものです。私の故郷である兵庫県の三木市でさえも、日覺一族は十数戸しかありません。確かに珍しい名字ですね。