渡邉 美樹 ワタミ株式会社会長(ワタミグループ創業者)
習近平主席の「三公消費」抑制に賛成

2013年4月23日、「地球上で一番たくさんの“ありがとう”を集めるグループになろう」というグループスローガンを持つワタミグループの本社に、創業者である渡邉美樹会長を訪ねた。本社ビルの1階ロビーには、渡邉会長が起業の元手を貯めるために運送会社でセールス・ドライバーをしていた当時を再現したセットと、ワタミグループの原点である「和民」1号店の店内のセットが置かれており、訪れる人の目を引いている。ここから、渡邉会長が初心を忘れない創業者であることが分かる。外食産業の創業者にとって、客数と客単価はカギになるものだが、渡邉氏は中国の新政権が「三公消費」(公務による飲食費用・公用車費用・海外出張費用)の抑制を打ち出したことを称賛している。渡邉氏は断固とした口調で、「正しいことであれば、中国にとって良いことは支持すべきです。私はこの習近平主席の政策を応援しています」と語った。

 

従業員あってこその成功

―― ワタミグループは香港、深?、上海、広州など、中国に多くの店舗を展開していますが、貴社の中国進出成功の秘訣は何でしょうか。

渡邉 中国での成功の秘訣は主に二つ、一つは位置付けが的確だったこと、もう一つは中国の従業員の努力だと思います。

日本では、ワタミグループ傘下の店舗は大衆的向けで、これが弊社の日本での位置付けです。しかし、中国では、視察の結果、お客様は弊社の店舗で誕生祝いや小規模のパーティーをするのを好み、弊社の店をお祝いごとなど、ハレの日のための、特別な場所として見ていることが分かりました。そこで、弊社ではその位置付けとすることに決めました。

現在、弊社には上海に420名、広州に120名、深?に150名、香港に230名の従業員がおりますが、店舗で働く店長やスタッフはすべて現地採用の中国人です。弊社では中国人従業員との交流を大変重要視しており、年に2回は必ず現地に赴きワタミグループの創業目的などを話し、創業理念を共有しています。ワタミグループが中国で成功できたのも、中国人従業員の努力あってこそなのです。

今年4月中旬、私は上海、深?、香港、台北、シンガポール、マニラ、クアラルンプールの支店を視察して回りました。上海の朝礼の風景は、毎日私のメッセージが綴られている「理念集」から一文を選んで、一人の従業員が大声で朗読し、その後すべての従業員がともに意見を交換し、自分の感想を述べるというものでした。毎日そのように行われているのです。私は大きな衝撃を受けました。日本の直営店でさえも、そのようなことはやっていない店がほとんどでしょう。中国人従業員の感想を聞いたところ、彼らがワタミグループの経営理念を理解できていることが分かりました。

“ひざつき接客”は中国ではNG?

―― 渡邉会長は、外食産業は日本が重んじるべき輸出産業であり、日本の飲食文化、日本式のサービスなどを世界に広げていくべきだとおっしゃっています。では、海外の外食マーケット、特に中国の外食マーケットでは日本式サービスをどのように見ているのでしょか。

渡邉 2001年、ワタミグループが香港に第一号店を開店した時、サービス方式は一つの難題でした。中国人従業員は日本式の“ひざつき接客”に大きな抵抗感を示し、そのようにする必要はないと考えていました。

私は彼らに、「もしあなたがお客様だったら、ひざをつくサービスを歓迎しますか。もし歓迎するのであれば、なぜそれを徹底しないのですか。他人にサービスするということは、その人より身分が低いという意味ではありません。サービスは崇高な精神の一つです」と話しました。現在では、ワタミグループの海外店舗のすべてでこの“ひざつき接客”が行われています。従業員は日本の”ひざつき接客”に対しても意味を理解し納得しています。理解できさえすれば、実行するのに抵抗感はなくなります。

中国市場は日本の10倍以上

―― 日本社会の高齢化は加速しており、貴社は飲食業以外に高齢者の介護やお弁当の宅配サービスなど多角的に事業を展開しています。今後、中国も徐々に高齢化社会に入っていきますが、中国でもこのような事業の多角化をお考えですか。

渡邉 最近、中国を視察した時、上海、深?、香港の従業員に対して、近い将来、ワタミの多角化事業モデルを世界中に広げる計画であり、その時が来たら、みんなの力を借りる必要があり、みんなにこのとてつもない大きなチャンスをつかんでほしいと話しました。

もちろん、高齢者介護事業にしても宅食事業(宅配サービス)にしても、中国大陸には日本の10倍から15倍のニーズがあります。今後、われわれはこれらのサービスを中国で発展させていきます。

日中両国は大局に立つべき

―― 2012年9月、中国では大規模な反日デモが行われました。その後、日本メディアは「中国のリスク」を強調し続けており、多くの日本企業もアジア戦略の見直しを始め、中国市場に重きを置かなくなりました。この状況に対してはどのようにお考えでしょうか。

渡邉 2012年9月の反日デモ期間中、弊社の中国大陸の店舗数店は1週間ほど休業しました。やや深刻な影響を受けた広東地域の店舗は、デモ発生時から現在に至るまで、売り上げが戻っていません。日中両国の経済と政治は密接な関係にあり、目下のところ両国関係は尖閣諸島問題によって悪化しています。しかし、個人的な意見ですが、日中両国間に問題があれば、お互いにメリットはないのです。

私が強調したいのは、日中両国がともに創り出した「価値」や「幸せ」に比べれば、目下の両国の確執、懸案事項などは取るに足らないということです。ですから、日中両国はさらに大きな「価値」と「幸せ」に向かって努力しなければならず、両国の政治家はこの点をはっきりさせた上でかじ取りをすべきです。

日本と中国は二つの経済大国として、共にその他の国々に良い影響を与える責任があり、アジア全体をリードして共に進んでいく責任があります。ですから、細かいことにこだわって大局を見失い、協力による大きな成果を逃してしまってはならないのです。

若者は価値の創造を

―― 現在、中国の若者はもちろん、日本の若者にも「オタク化」が広がっており、外部に対する探求心が失われています。オタクの若者たちに何かアドバイスはありますか。

渡邉 私は皆さんに自分の夢を持ってほしいと思います。若者の夢を実現するため、私は日本で社会貢献団体「みんなの夢をかなえる会」を設立し、毎年、大きな夢の祭典(イベント)を開催しています。

今、日本の若者は夢を持っておらず、現状に満足しています。中国の一部の富裕層の若者も同じような傾向にありますが、地方から都会に出てきて仕事を探し、前途を切り開こうとする若者たちは非常に積極的に取り組んでいます。私は日本の若者たちは彼らに学ぶ必要があると思います。

日本の若者たちの一般的な考え方の一つに、他人に迷惑をかけなければ何をしてもいい、というものがあります。でも私は彼らに、自分がどのようにすれば人のためにさらに素晴らしい「価値」を創造できるかを考えてほしいのです。若者だけではありません。私たちでさえもそのような追求が必要なのです。これは日中両国の若者だけのことではなく、同時に私たちのような年代のことでもあり、またさらに日中両国でともに考えていかなければならないことでもあります。

目にもとまらぬ変化の速さ

―― 今まで、何度も中国にいらっしゃっていますが、一番印象的なことは何でしょうか。

渡邉 今まで30回ほど中国に行っていますが、一番印象的なことは中国の変化の速さです。特に上海、広州、深?という大都市は10年前と比べても天地がひっくり返るほど変化しています。人類社会の自由貿易の発展史上で、中国はもっとも大きな成功を収めました。

最近の何度かの視察の中で、習近平主席の新政府が打ち出した「三公消費」抑制によって、中国の高級レストランの客は目に見えて減りました。私はこの新しい政策が中国に新しい発展をもたらすと信じています。

―― 「三公消費」抑制は貴社の中国の店舗にも影響があるのではないですか。

渡邉 間違いなく影響がありますが、影響があってもかまいません。客数と客単価の損失よりも、私はこのようなやり方が正しいのかどうか、中国に良いのかどうか、ということが気になります。正しいことであれば、中国にとって良いことは支持すべきです。私はこの習近平主席の政策を応援しています。

*    *    *    *    *    *    *

インタビューの翌日、渡邉会長から感謝の手紙を受け取った。上場企業のトップがインタビューを受けた後、インタビュアーに感謝の手紙を送るということは日本でも珍しいことだろう。この手紙の中で渡邉会長は、自分の人生を「起承転結」の4つの段階に分け、25年ずつを1段階としていると書いていた。現在、彼はまさに「転」の段階にいる。渡邉会長が良い方向に「転」換できること、そしてみんなで共に後押しして日中関係を好「転」させることを祈っている。