石川 康晴 株式会社クロスカンパニー社長
外国企業は「中国で商売して中国に還元する」精神で

2012年9月、野田政権が魚釣島(日本名、尖閣諸島)を国有化したことを機に中国各地ですさまじい反日デモが起こった。多くの在中日本企業が損失に見舞われ、多くの日本人オーナーや従業員は次々と中国を離れ、中国からの撤退を考える日本企業もあった。この時、一人の若き企業家である株式会社クロスカンパニーの石川康晴社長は、すぐに中国に駆けつけ現地の日本人従業員に言った。「君たちは先に日本に帰って様子を見ていなさい、私がここに残るから。この騒ぎは一時的なもので、このことで我々の中国への信頼が失われることはない。日中関係は長期的に大局で見なければならない……」と。信じられないことに、最も事態が深刻であった昨年9月、石川社長は中国で新たに7店舗を出店した。4月24日、日本のアパレル業界のニューリーダー、石川社長を訪ねた。

 

中国中流層の購買力は必ず上がる

―― 20年足らずで日本国内に500店舗以上を展開し、今ではアパレル業界のニューリーダーと目されています。中国市場への進出を決められたのはなぜですか。

石川 目下のところ、日本のアパレル販売市場は縮小の一途にあります。その主な原因は二つです。一つは少子化の加速です。もう一つは百貨店業界の深刻な売り上げ不振です。日本国内でのアパレル販売は頭打ち感が否めません。

翻って中国はというと、国内総生産の成長は8%を占め、市場はさらに拡大しています。中国の富裕層をターゲットにしている日本のアパレル企業もありますが、我々は中流層に大きな市場を生み出せると見ており、中流層をターゲットにすべきと考え、中国市場への進出を決めました。

さらに私は、中国のニューリーダー習近平主席が、2020年までに国民の収入を4倍にすると提起している点にも注目しました。今後10年、中国の中流層の収入はさらに上がり、購買力も次第に上がってくるでしょう。中国市場には無限の魅力を感じます。

中国国内に600店舗を計画

―― 2012年9月、中国では大規模な反日デモや日本製品ボイコット運動が起きました。その後、多くの日本企業が中国に重点を置く企業方針を転換しましたが、クロスカンパニーは逆に、中国に相次いで出店されました。

石川 2012年9月は確かに大変厳しい1ヶ月間でした。政治的な理由で中国市場も日本市場も混乱しましたが、我々は同月中に成都、北京、武漢、重慶、蘇州と相次いで7店舗を出店しました。

あの時、多くの日本の実業家が日本に帰国し、日本国内でも、反日デモでの被害を心配し帰国を呼びかけていたようです。しかし、私は敢えて中国に駆けつけました。こんな時こそ自分の眼で見て自分で分析しなければ、本当の市況は把握できないと思ったのです。日本のメディアは往々にして中国の悪い面を誇大に報道します。中国のメディアにも同様の傾向があります。ですから私はメディアの世論に左右されることなく、自分の眼で見ることを重要視したのです。

2012年9月後半、我々は中国本土で20名余りの25歳~29歳の固定客に定性調査を行いました。「今後も日本製品を買いますか?」との問いに彼女たちは皆「ドラえもんや寿司を排除することはできないでしょ。日本のファッションだって同じよ」と答えました。続いて「じゃあ、あなたたちのお父さんやお母さんもそうかな?」と尋ねると、「いいえ。お父さんやお母さんはもう日本製の車も電化製品も買わないと思うわ」と答えたのです。

調査の結果、中国の主な消費者層である20歳代~30歳代の若者は、政治的な理由で日本ファッションの不買には走らないということがわかりました。このことも、我々の今後の発展戦略の拠り所となりました。その後、数字の上での確証も得られました。9月にオープンした北京店は16日にはもう月の売り上げ目標を達成し、上海店はさらに9月末には年間売り上げ目標を達成したのです。

2012年11月、反日デモが勃発した2ヶ月後ですが、我々はさらに南京に新店舗をオープンさせました。周知の如く、日本人にとって南京は特殊な事情を孕んだ地域です。当時多くの人がここでの出店に反対しました。しかし、我々は主力ブランドであるearth music&ecologyのサイトで、南京には多くのファンがいて、彼女たちがみな新店舗のオープンを心待ちにする書き込みをしていることを知ったのです。さらに、タオバオの統計でも多くの顧客が南京に住んでいることがわかりました。ですから、私は計画通り、南京に出店することに決めたのです。嬉しいことに、南京店はオープンするや、売り上げは北京店を超えてしまいました。

現在私は1ヶ月の3分の1近くを中国で、半分を東京で過ごしています。残りの時間は本社のある岡山県にいます。1週間で言えば、東京が3日、上海が2日、岡山が1日の計算になります。

私はアジア全体を一つの国と見ています。中国はアジア国の中国県、東京はアジア国の東京市です。これくらいの意識を持たないと事業を発展させることはできないと思います。

短期的な目標は、2013年中に中国国内店舗を60店舗にすることです。この目標は昨年10月に決定しました。ここから私の中国市場への自信をわかっていただけると思います。長期的な目標は、2020年までに600店舗にすることです。

大変な時に中国に留まり従業員を守る

―― 多くの日本の企業家が、中国と日本は販売戦略や宣伝様式において一定の文化的差異があると言いますが、どう見ていらっしゃいますか。また、中国市場での成功の秘訣は何でしょうか。

石川 日中の企業文化には確かに大きな違いがあります。宣伝様式においては、日本では一般的にアパレル業界の宣伝媒体はテレビCMやファッション雑誌ですが、中国では微博(ウェイボー、ミニブログ)、優酷(ヨウク、ポータルサイト)、ツイッターなどのソーシャルプラットフォームを使っています。テレビや雑誌よりも明らかに効果があります。

成功の秘訣については、昨年9月の話をしましょう。反日デモが最も激しかった9月1日から30日の間、我が社の中国人従業員には一人も辞職を申し出る者はいませんでした。多くの親たちが辞職を勧め、最終的に子どもたちに説得されたと聞きました。さらに、ある中国人従業員は、彼女が辞職しなかったのは、私が9月中22日間中国に留まっていたからだと、直接私に話してくれました。多くの日系企業のトップや幹部は帰国しましたが、私は彼らと困難を共にする道を選びました。そのことで彼女は会社に留まる決意を固めてくれたのです。

実際、日本では毎月1回定期的に戦略会議を開いており、管理職全員が出席して、重要事項を決定することになっています。しかし、私はこの会議を取り止め、9月は中国に留まることにしました。日系企業の中国人従業員は反日デモの中で被害を受ける可能性があり、中国に留まって彼らを守らなければならないと思ったのです。

国境を超えた社会貢献活動

―― 日本企業には地域貢献という考え方があり、企業の所在地である地域に貢献します。中国に進出してから、どのような社会貢献活動を展開されてきましたか。

石川 3年ほど前から、内モンゴル自治区のホルチン左翼後旗一帯の砂地でボランティアの植樹活動を行っています。これまでに40万㎡の緑化を行いました。これは東京ドーム8.5個分の面積に相当します。現地の村民を雇い、毎日植樹してもらっています。苗が順調に育つように周囲に保護ネットを設置し、放牧の牛や羊に食べられないようにしています。

我々のように中国で商売をしている外国人や外国企業は、中国に貢献する義務があります。“中国で儲けたものを中国に還元する”という精神を持つべきです。中国で儲けることだけ考えて中国に力を貸さないというのは絶対にダメです。当社がいつか中国から完全撤退する時まで、中国が二度と砂嵐で苦しむことがないように、ホルチンの砂地が全てオアシスに変わるまで植樹造林ボランティアは続けます。

実際、反日デモが最も激しかった昨年9月18日、私は約40名の日本人従業員と日本の大学生を伴って、内モンゴル自治区に植樹に行きました。我々の乗った大型バスはちょうど反日デモ隊の傍を通り過ぎました。時期が時期でしたので、出発前、保護者に、子ども達の中国での植樹ボランティア活動参加に同意するかどうかを問う手紙を出しました。結果、一人の保護者の反対もありませんでした。我々は社会貢献活動に国境はないという共通認識を持つべきです。

2011年の3・11東日本大震災の際の、中国の福島の被災地への援助を忘れることはできません。中国が災害に見舞われた時は全力で支援すべきです。2012年9月の雲南彝良地震発生後、当社はすぐに10万元(約160万円)を寄付しました。わずかな金額ですが我々の中国に対する真心でした。こういった社会貢献活動は今後も続けていきたいと思います。

中国市場はファッションのオリンピック

―― これまで石川社長は何度も中国に行かれていますが、最も印象に残っていることは何ですか。また、今後の中日関係の行方をどう見ていますか。

石川 中国にはもう100回以上行っています。2年前から上海に部屋を借りています。今では中国の友人の方が日本の友人より多くなりました。

最も印象的なのは、中国では毎日“ファッションのオリンピック”をやっているようだということです。日本では国内のブランドとだけ争っていればよいのですが、中国では世界中のブランドと争わなければなりません。宣伝戦略に秀でた中国の国内ブランドもありますし、シンガポールや韓国の勢いのあるブランドもあります。さらに、欧米のブランドも中国市場に参戦してきました。日本市場をファッションの日本大会だとすれば、中国市場はオリンピックと言えるでしょう。

韓国やシンガポールのような小さな国の経営者は、早い時期に、海外市場を開拓しなければ発展していけないことに気づいていました。しかし、日本の60~70歳の多くの経営者は、日本の1億3000万の人口と世界第3位のGDPに、国内だけでそれなりの事業はできると見ています。しかし我々40代世代の経営者は、60~70歳の経営者たちがやらなかった、アジア全体に事業を開拓し、アジアを一つの国家と捉える視点が必要です。

昨年は島嶼問題が起き、最近はまた靖国参拝問題がありました。しかし、日中両国は相互依存関係にあります。医療保険、食品安全、インフラでは日本が一歩リードしています。しかし、市場シェアでは日本は縮小の一途にあり、中国は益々拡大しています。いずれにせよ日中関係は必ず好転すると考えています。なぜなら、日中は助け合い、共に発展していかなければならないからです。