岩本 敏男 株式会社NTTデータ社長
日中に経済互恵の時代がやってくる

 

 

中日の発展過程は似ている

―― 日本では1960年代から、官公庁のシステムや全国銀行データ通信システムなどの日本の基盤となるシステムが構築されてきました。中国は日本より遅れましたが、近年、急速に発展しています。日本と中国のデータ通信システムの相違点やそれぞれの特徴についてどのように考えていますか

岩本 「データ通信」という言葉は今から40数年くらい前に誕生しました。われわれは当時、国営の電信電話公社でしたが、データをコンピュータ処理する事業を始める時にできた言葉が「データ通信」でした。

中国とは20年以上前から80回以上訪問し、中国が劇的に成長してきた過程を自分の目で見てきました。2008年に北京オリンピックが開催されました。北京オリンピックの15年くらい前から中国のファンダメンタルズ(経済成長率、物価上昇率、国際収支などのマクロ的経済指標)は上がってきました。こうした状況が両国とも似ています。日本は、東京オリンピックのころから高度経済成長に入りました。その頃は3Cといって、カラーテレビ、クーラー、カー(車)を持つことが庶民の夢でした。まさに発展過程がよく似ています。

データ通信のサービスの基となるネットワークの点では、日本と中国はほとんど変わりません。モバイルは日本より進むかもしれません。しかし、たとえば、それぞれの家庭ごとに光ファイバーケーブルがどれくらい敷設されているかなどについては、かなりまだ差があると思います。沿岸部はできるかも知れませんが、内陸部や農村部では難しいと考えます。

 

中国のIT市場は潜在力が大きい

―― 中国の電信事業に外国企業が参入するのは難しいのではないでしょうか。日本の情報サービス会社にとって中国市場の魅力とは何でしょうか。

岩本 われわれは15~16年ほど前、中国人民銀行の決済システムのパイロットシステムを構築させていただきました。そして、NTTコミュニケーションズとともに、北京と上海にセンターとバックアップセンターを置いて、衛星回線を通じてバックアップさせましたが、当時としては最先端の技術を導入しました。

中国の方々との交流及び中国の発展を長い間見てきた経験から、中国国内のIT分野の潜在的成長率は目を見張るものがあります。市場として極めて魅力的です。そして、今後益々発展する余地があります。今日の経済発展ではITの占める役割はものすごく大きいのです。

今、世界のITサービスマーケットは、およそ70兆円。日本は約10兆円で13%を占めています。中国を含めたAPAC(アジア太平洋地域)は、米国の統計リサーチ会社によると、日本よりはるかに小さい。しかし、今後、このマーケットは20兆円規模まで伸びて行くと私は考えています。中国国内でのIT分野の発達のスピードとマーケットの大きさは膨大です。

『人民日報海外版日本月刊』にも記事が掲載されていたように、「人民元を国際決済通貨にするための課題」があります。外国企業はフリーな状態で市場参入できる関係にはないのです。日本企業は今、中国の同種企業とグッドリレーションシップ(良い関係)、良いアライアンス(提携)をきちんと築いていくことがとても重要だと考えています。

―― 外国企業の中国市場参入の課題や改善点について。

岩本 中国は近い将来、世界のリーダーにならなければなりません。そのためには自国のことだけを考えるのではなく、世界全体のことを考えなければなりません。国際的な発展に中国の役割は大きいと思います。その際に、日本は中国と歴史的にも地勢的にも、ものすごく近い国ですから、中国と日本はタイアップ(協力)すべきです。中国の将来の指導者も同じ考えだと思います。

日中関係の改善は経済を発展させること

―― 現状の中日関係を見ると、「政冷経熱」(経済関係は良好だが政治関係は不調)ですが、解決方法は?

岩本 経済が発展し国民生活が豊かになれば、政治関係も良くなると思います。政治の役割は国民生活を豊かにすることです。今、中国はエマージングカントリー(新興経済国)から先進国入りしようとする間の成長の“痛み”があるように思います。いわゆる西側諸国の民主主義国家とは違う国としてクローズアップされていますが、中国が他の国と違うという感じはしません。

両国に問題が生じた時は、豊かな国の態度で接すれば寛容になり、先方に譲歩しようという余裕も生まれると思います。日本と中国にはいさかいが生じていますが、根本的に日本は中国と仲良くしたいと考えていると私は理解しています。

2005 年に、言論NPOが中国のチャイナデイリー、北京大学と共同し、政治問題についてフランク(率直)に語り合おうと「東京―北京フォーラム」を立ち上げました。今回8回目を迎えますが、毎回必ず両国の国民にアンケートを実施しています。当初、お互いの国をどう思うかとの質問に6~7割が好きだと回答していましたが、驚いたのは、日本人の回答の中に「中国は怖い国だ」というイメージを持っていたことです。一方、中国人の中には「日本はいまだに軍国主義国家」だというイメージがあった。それが毎年続ける中で、そうした否定的な回答は少しずつ減ってきた。しかし、残念なことに、2010年の漁船の衝突事件以降、両国民の相手方へのマイナスの印象が増えています。

 

中国人は信義を重んじる

―― 中国に何度も行ってらっしゃいますが、どんな印象をお持ちですか。

岩本 中国人は仁に厚く、礼儀があり、恩を忘れない、という印象を持っています。「飲水思源――水を飲むときに井戸を掘った人の恩を忘れるな」という言葉があります。日本人はよく「熱烈歓迎」を受けたと大喜びしたり、また、無理な注文を出されたりして、中国に裏切られたとか信用できないという人がいますが、それらは本当の意味で中国人との信頼関係が結ばれていないと思います。本当の信頼関係が結べたら、日本人以上に中国人は信義に厚い。中国人は尊敬できます。

―― 今後、日本の情報サービス会社は中国市場になにを期待しますか。

岩本 今、中国とのビジネスで大事なのはオフショア開発(システムの開発・運用管理などを海外にある企業や子会社へ委託すること)です。日本語のソフト開発をお願いして発注する。お金を出してモノを買うタイプです。これは喜ばれます。

しかし、そうではなくて、これからは中国のローカルな国内マーケットの中で、われわれが中国の方々からその分の対価としてお金を頂くビジネスモデルを広げなければなりません。中国には十分それが出来るマーケットがあると考えています。そのためには、まずは、我々が日本国内で培ってきた金融インフラシステムや決済システムなどのノウハウから中国の経済成長に役立てたいと考えています。日中に経済互恵の時代がやってきますから、手を携えてお互い協力してやっていきたいです。

 

株式会社NTTデータは、日本の情報サービス産業のトップ企業である。1996年に、中国人民銀行の決算システムを受注し、パイロットシステムを構築するなど、中国で信望が厚い。岩本敏男社長は、かなりの「中国通」だ。中国を80回以上も訪問し、中国人は仁義に厚いという印象をもっている。6月29日、NTTデータを訪問し、中国の電信事情の現状、及び課題・改善点等について聞いた。