土橋 昭夫 双日株式会社会長
日中両国間の揉め事は互いを重視している表れだ

双日株式会社は日本の6大商社の一つである。他の商社と異なるのは、1961年に中国政府に指定された大手総合商社として第1号の「友好商社」であることだ。双日株式会社では、毛沢東主席、周恩来総理に会見した日綿実業株式会社(現双日株式会社)の南郷社長(当時)の写真が大切に保存されている。1月25日午後、双日株式会社の土橋昭夫会長にインタビューした。

 

中国はTPPに参加すべきだ

 ―― 昨年の暮から、日本国内ではTPP加入が、大きな話題になっています。ある観点では日本にとっては、TPPの加入は日本の経済発展に有利だ。または、新たな発展のチャンスだという一方で、“TPPに加入すると、日本は不利益が生じる”との声もありますが、どう思いますか。

土橋 世界が非常にボーダーレス化してきたと同時に、通信技術の発達で世界に起こるあらゆることが瞬時に世界中に伝わる世の中になって来ています。地理的には離れていますが、情報の伝達が速いため、世界が近くなってきたと感じます。日本はもともと「貿易立国」ですから、海外との通商は大変大きな問題でもありますし、やはり盛んな貿易が、経済発展に不可欠です。

TPPというのは、自由で開かれた経済貿易体制です。まさにこういう体制を早く作り、日本という限られたマーケットだけではなくフィールドを広げて、世界で商売を増やしていくことは大変大事なことだと思います。要するに、相互協力です。強いところは生かしながら、弱いところを互いに補い、共に発展していくということです。

農業問題については、TPPに限らず、どの国でもこのFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)に取り組もうとすると、センシティブな問題として、いつも課題になります。日本の農業では、就労人口が65歳以上で後継者がいないとか、耕作放棄地が増え続け、このままでは立ち行かなくなります。

ですから、日本は農業を一つの産業としてしっかり育てるのだという政策が重要です。TPPで農業が絶滅するということではなく、農業政策も並行して進めていかないといけないと思います。TPP加入について、農業問題や農業構造改革を進める必要性などについて、議論・検討が始まっていますが、TPPは時間を限って、例えば、五年とか十年とか、一定の時間の中で、構造改革を進めながら、日本として世界にマーケットを広げていくという方向が、私は良いと思っています。

―― もし日本がTPPに加入したら、中日経済関係にどんな影響を与えますか。

土橋 中国は今、日本の最大の貿易相手国です。私は、中国がこのTPPに参加すればいいのではないかと思っています。今、確か12カ国が交渉参加を決めていて、それを全部足すと世界のGDPの40%になるらしいですね。もし中国が参加すればもっと大きくなるでしょう。日本にとっては、中国は大変大きなマーケットですから、私は、中国がこのTPPに参加すればいいのではないかと思っています。

 

日中間の揉め事は互いを重視している表れだ

 ―― 今年は、中日国交正常化40周年の年になります。この40年間、中日経済の交流は成熟化してきました。しかし、中日の政治交流は未成熟のままで、周知のように“政冷経熱”のようですが、どう思いますか。

土橋 政治と経済は極めて密接な関係があり、経済がうまくいくところは、政治もうまくいきます。政治が安定しているから、経済の交流活動も活発になっていきます。ですから、日本と中国は政治面でも経済面でも、友好関係を続けて行くことは望ましいことです。とはいえ、政治の世界は建て前と本音があるようですが、経済はお互いの利害が一致すれば、そこでビジネスが生まれます。必ずしも、表面に現れていることが真実とは限りません。今や日本経済は好むと好まないにかかわらず、中国経済と密接な関係にあります。政治が冷めているわけにはいかないでしょう。したがって、我々経済人としては、さらに経済交流を通じて日中の関係を強化することで、それがまた政治面での友好関係につながってくると思いますので、一生懸命にビジネスしようとしています。

―― 具体的には、中日の政治関係は相互信頼に欠けていると考えている人が多いようですが、どう見ていますか。

 土橋 実際、日本と中国の関係は昨日、今日に始まったわけではなく、2000年以上の歴史があります。この長い歴史のなかで、漢字が伝わり、仏教が伝わり、色々な文化が中国から伝わり、国の統治体制も律令制度から学んだものです。2000年の関係の中で、ぎくしゃくすることや、やり合うこともあるでしょう。私が思うに、やはりお互いに存在を認めているからということだと思います。無関心でいられない関係なのです。お互いによくしていこうという熱い気持ちがある時には、両国の関係も熱くなるのです。

 

「友好商社」第1号としての誇り

―― 1961年当時、日本の10大商社の中で、貴社は“友好商社”第一号に指定されました。日中両国の国交がまだ正常化されていない状況下で、どのような戦略に基き、中国政府の呼びかけに応え、“友好商社”第一号となられたのでしょうか。

土橋 ご存知のように、双日株式会社は2004年に、総合商社のニチメンと日商岩井が合併して、誕生しました。その前身のひとつニチメン、当時の日本綿花株式会社は1892年に設立され、1903年に上海に支店をつくり、その後、拡張を続けて中国に14支店と41の出張所を設立しました。その頃から、綿花、メリヤスなどを初めとする様々な商売をしてきました。

国交回復以前から、中国との貿易関係の基礎がありましたので、われわれの先輩は、中国がこれから成長・発展して、日本経済のパートナーとしては重要な位置を占めるといった先見の明があったのでしょう。また、そのため、そういう思想や考え方が歴代ずっと我々に伝わってきているということでしょう。そういったこともあり、1961年に、大手としては初めて「友好商社」になり、そして翌年1962年に、双日の前身のひとつである日商岩井も「友好商社」になったのです。昔は、綿花、繊維などの商売が主体でしたが、今は、自動車、化学品、食料、プラント等、本当に様々なビジネスを行っています。

 

日本は中国のレアアース(希土類)輸出減に理解を

 ―― 商社ですので、中国のレアアース輸出に関わっていらっしゃると思います。昨年、日本のメディアの多くは、中国のレアアース輸出が減少したのは、2010年9月の中国漁船衝突事件の影響だと指摘していますが、どう思われますか。

土橋 レアアースの問題は、ちょうど尖閣問題と絡めているので、記事になりやすいでしょう。

中国経済の発展に伴い、中国国内のレアアース使用量も増加しています。また、最近、中国では環境保護もますます重視されている様子なので、レアアースに限らず、様々な資源の開発についても、環境への影響についてきちんと理解する必要があります。

しかし、日本へのレアアース輸出減の時期についての中国側の説明も不十分です。グローバル化が進む中、中国は大国として責任ある国際的イメージを確立すれば、世界も受け入れやすいでしょう。

 日本についていえば、日本は代替品を開発したり、新しい技術を開発したり、また、リサイクルを進めるなど、新しい取り組みを進めています。このことが更なる革新を生むこともあるかもしれません。

 

中国企業の海外投資は現地の利益を考慮すべき

―― 会長は中国を何回も視察訪問されていますが、中国企業および中国企業家は、日本と比べて、どのような長所と短所がありますか。

土橋 中国企業と日本企業の経営上での大きな違いは、意思決定の速さです。中国企業は、トップダウン(top down)で、上の方の一言で決まります。しかし、日本では、ある意味合議制でボトムアップ(bottom up)です。日本企業は議論に時間をかけていることで、いい仕事を逃してしまう可能性もありますね。ただし、日本企業は、それをいったん決めたら、責任をもってやり遂げます。スピードということに関しては、日本は少し中国を見習ったほうがいいですね。

中国企業の「短所」については、例えば、中国企業はアフリカに大量投資していると聞きますが、資金や技術だけでなく、労働者も連れていくそうですね。こういうやり方では、現地の雇用拡大や技術者養成、技術移転などにつながるかどうか。その国の経済発展への貢献について見直してみてもよいかもしれません。