坂根 正弘 経団連副会長、コマツ会長
日本の企業は中国の安価な人件費に期待するな

経営を赤字から黒字にし、企業を危機から救える企業家は、すぐれた経営手腕だけでなく、観察力と判断力を備えているものだ。日本経済団体連合会の副会長であり、コマツの坂根正弘会長は、こうした企業家の一人だ。

坂根氏は2001年に代表取締役社長に就任。就任直後、コマツは800億円の最終赤字を計上するが、経営構造改革を断行し、2003年3月期にはおよそ330億円の営業黒字を達成した。中国や東南アジア、アフリカなど新興国にグローバル展開を推進し、2008年3月期には売上高2兆2430億円、営業利益3,328億円と過去最高を更新した。2007年より会長に就任、2010年に日本経団連副会長に就任。

 日本経団連のトップは「日本財界の総理」と呼ばれている。2011年12月、坂根正弘コマツ会長(経団連副会長)はコマツビルのオフィスでインタビューに応じてくれた。

 

中国の経済抑制策が世界に影響

―― 中国はGDPで日本を抜き、世界第2の経済大国になりました。また日本の最大の貿易相手国です。今後の中国経済については、さまざまな見解や予測があります。経団連副会長として、中国経済の動向をどうみていますか。

坂根 中国が1990年代後半から、高度経済成長期に入ったことに注目していました。2004年の4月から中国政府はマクロ抑制策をとり、昨年からまたこれが強化されています。これはけっこうなことです。しかし中国の抑制策は世界経済に直接影響を与えます。そこで、中国がいかに抑制策の回数を減らし、安定した経済成長を保つことができるかが、世界にとっても重要なことです。中国には潜在力がありますから、このままGDPが毎年9%前後の成長であれば、何回か短期調整を経験しつつ、2020年まで高度成長が持続するだろうと見ています。その後は、成長のスピードは少し落ちていくでしょうが、それにしても、中国経済の発展は世界的にみてもすごいですね。

 

日本の企業は安価な人件費期待するな

―― 日本のメディアのアンケート調査によれば、回答者の65%が中国での事業を縮小して、中国以外の国に投資するべきだと考えています。もちろん、中国市場はまだ不安定で、日本企業が高品質で勝つチャンスだと考えている企業も少なくありません。今後の日本企業の中国戦略はどうなりますか。

坂根 日本の企業といってもそれぞれ違うし、戦略も違っています。コマツは主に建設機械を製造しています。世界14カ国に工場がありますが、所在国の市場の需要に合わせて建てられたものです。コマツは人件費の安い国に工場を建てて、製品を輸出して利益を得るというような方法をとっていません。中国にも工場がありますが、製品の約98%は中国国内で販売しています。ですから、労働者の賃金が高くなって、中国国外に工場を移転しなければならないといった問題はありません。

 人件費が安いからということだけで、中国に進出してきたのであれば、その企業は長くもたないと思いますね。中国は急成長のなかで人件費が上昇し、私がコマツに入った当時と同じで、毎年10%前後高くなっています。自然なことです。日本の企業が中国を生産基地として、製品を他の国に輸出したいと思っているのなら、賃金コストの上昇で維持していけなくなるでしょう。ですから、日本の企業は戦略の調整が必要なのです。

 

政治の安定なくして経済の発展なし、経済の発展なくして政治の安定なし

―― 数多くの日本企業が海外に工場をつくった結果、国内の産業が「空洞化」してしまいまいした。会長も話されていたように、現在の日本の最大の問題は経済成長がみられないことです。政府は何をすべきだとお考えですか。

坂根 ASEANの国々は経済成長が非常に速いですが、どうしてだと思いますか。私は政治の安定が大きな理由だと思います。インドネシア、フィリピンなどは政治が混乱していた時期は、経済の成長も芳しくありませんでした。政治が安定すると、経済成長も速まっています。

中国をみてみると、政治体制については世界でいろいろと言われていますが、私は安定した状態にあるとみています。ですから高成長を保っているのです。政治の安定なくして、経済の成長なしです。

 日本を振り返ってみると、この数年、政治は不安定な状態が続いています。経済の低迷が政治の混乱を招いたともいえます。まさに「経国済民」、政治と経済は不可分です。1990年代に日本のバブル経済が崩壊してから、20年間、日本の名目GDPは全く成長していません。誰が首相になっても、デフレ問題が解決できず、「人気」を得られないようです。ですから、経済成長をとり戻すことこそ政府がいまやるべきことです。今こそ日本にとっての大きな復活のチャンスです。大きく発展するアジアに近く、日本の技術力で貢献できる余地は極めて大きいものがあります。

 

震災後の復興は日本経済の発展の大きなチャンス

―― 日本経済の低迷が続いているのは、先ほど話された政治の不安定の他にも原因がありますか。

坂根 あります。例えば、日本のGDPが中国に追い抜かされましたが、多くの国民はこんな小さな島国が世界第2位の経済大国になって、長い間維持できただけでも充分だったと考えています。そして、日本の経済成長は限界に達したとみているようですが、これは間違った考えです。

実際、日本の一人当りのGDPは、為替によって国際比較は変わりますが、今や先進国の中で下位になりました。この原因は種々ありますが、一番大きな理由は中央集権、東京一極集中が限界に達し、全国一律主義が全く機能しなくなったことと、地方が一次産業を含め、衰退してしまったことにあります。

 この度の「3·11東日本大震災」は、日本の経済にとっては打撃でしたが、東日本から地方主権を確立し、一次産業を復活させる大きなチャンスです。日本が復興できることを、私は信じています。