華人移民2世の中国語学習への煩悶

「中国語学校なんか行きたくない!」。この“恨み節”は、漢字を理解できない外国人ではなく、アメリカで生まれ育った華人移民2世から出た言葉である。中国語を話し漢字を書くことは、移民第一世代にとっては至極当たり前のことであるが、多くの2世にとって悩みの種となっている。

  

中国語は難しい

先日、『ニューヨーク・タイムズ』中文網のコラムに、中国人の親たちは小さいうちから子どもに中国語を学ばせるが、子どもは学ぶほどに嫌になり、不満が募って、途中でやめてしまう者も少なくないとあった。

王さんには高校生の娘がいる。幼い頃から中国語を学ばせてはいるが、毎週週末になると、何とか中国語学校をさぼろうとする。「娘に中国語で話しかけても、英語で答えが返ってきます。どうにかこうにか話せても、読み書きは全くダメです。中国語学校でしっかり学ばせたかったのですが、子供は勉強するほどに苦痛を感じ、止めさせるしかなくなりました」と嘆く。

かつて中国語学校でボランティア教師をしていた夏さんが、メディアの取材に答えている。「多くの子どもたちが『親に言われて嫌々来てるんだよ』という顔をしています。学生の興味を引くために、教師は知恵を絞り楽器を弾いたり歌を歌ったり大変です」。

中国語を学ばせることは、一般的に親の要求であるが、目的はそれぞれ異なる。中国語ができれば略歴にも箔がつき就職に有利だと考える親もいる。中国語がうまく話せなければ年長者との交流にも支障をきたす。祖父母は帰省してきた孫は可愛いくてしかたないが、「I want orange juice」と言われたら、どうしてよいかわからなくなり、瞬時に溝が生まれる。

より多くの親たちは、中国文化の根っこを留めたいと思っている。海外に移民しても子孫と中国文化との繋がりを断絶したくないのだ。中国語を学び漢字を書くことは最低限の要求なのである。

 

無理強いしても良い結果は生まれない

親の切なる願いが子どもに届くとは限らない。著名な中国系アメリカ人の王穎監督の映画『喜福会』にこんなシーンがある。中国人の母親は娘にピアノを習わせ、舞台で大いに異彩を放ってくれることを期待していた。ところが娘はある発表会で失敗した後、母親に怒りをぶつけて「私はあなたの奴隷じゃない!無理強いしないで!」と叫ぶ。

親の思いはしばしば子にとって重荷となる。アメリカのパサデナシティカレッジ中国語学部の魏瑞琴教授は指摘する。「多くの中国語学校が週末や放課後に開講しており、子どもは自由時間を奪われていると感じています。また、親は中国語を外国語とは認識しておらず、出来て当たり前と思って褒めないので、子どものモチベーションも上がらないのです」。

理念の違いも親子間の中国語への思いに温度差を生んでいる。移民第一世代は中国で育ち、中国文化の遺伝子が骨髄まで染み込んでいるので、当然のことながら子どもに中国語を学ばせたいと思う。しかし、海外で生まれた第二世代は幼い頃から西洋文化に触れ、両親が伝統文化に寄せるような深い思いはない。彼らにとって漢字は学んでも仕方のない、ただの厄介ものでしかないのだろう。

 

教授法の探求を

教授法の活性化も親や学校が今取り組んでいる課題だ。世界的に「中国語熱」が高まるにつれ「ピラミッド単語学習法」、「可視化中国語学習法」など目新しい教授法が次々と現れている。漢字や中国語を形状化、ゲーム化し、遊びの要素を取り入れれば、子どもたちも受け入れやすいかもしれない。

海外での中国語教育の普及には、中国国内機関の協力が不可欠である。近年、中国政府は人的、物質的、経済的支援を拡大し続けている。毎年中国語教師を育成したり、海外の移民2世の若者を組織してサマーキャンプや冬のキャンプに呼び寄せたり、海外の中国人学校に教材を提供したりと、中国語で中国文化の発揚に寄与し、多くの移民2世の子女に「中国というルーツ」を知るための窓を開いてきた。

専門家は指摘する。伝統文化を伝承するには、親たちは強制や説教より、身をもって教えることが大事である。新年や節句の度に対聯を貼ったり、香を焚いたり、花火を上げたり、みな子どもたちの幼い記憶に宝として残るだろう。子どもを中国人文化圏に引き入れるしかない。そうすれば、文化が死ぬことはない。詰め込み式から啓発式の教育に転換しなければならない。中国語の学習にも同じことが言えよう。