私の借家物語――中国住宅最新事情

今年後半から現在までの消費者物価指数(CPI)を押し上げた元凶の一つは、各地の家賃高騰である。都市に住み住宅を買えない階層はどんどん上がる家賃に直面しても、どうすることもできず、借家に住むしかない。

 

●11月15日、北京統計局が10月の北京住民の消費データを発表した。住民の消費価格は前年同期比3.4%アップ。そのうち住居関連価格が同期比6.8%アップ、家賃の値上がりは同期比11.7%アップであった。

●マンションの売れ行きが振るわず、借家市場に人気が移った。8月の杭州の家賃は同期比10%アップであった。

●10月は上海市住民の消費者物価指数(CPI)が同期比5.6%アップで、上昇率は全国水準(5.5%)よりやや高かった。主として衣類と住宅関連価格の同期比上昇率がかなりアップし、中でも家賃の持続的上昇が主な原因であることを示している。

家賃が値上がりしても住むしかない

常小華(北京、河北省張家口出身、宝くじ関係の仕事)

 私は夫と子供と一緒に北京の定福庄で平屋の借家に住んでいます。周囲には4~50戸の人家があり、住み始めて2年、勤め先から5、6キロ離れています。

 家は15㎡ほどで、この辺ではまあ大きい方です。以前は地下2階に部屋を借りていました。電気を消すと真っ暗で恐ろしく、陽がささないので洗濯モノが干せず、いつも外に干していました。子供がちょうど育ち盛りで、結局そこには長く住めませんでした。

現在の家賃は1カ月700元(約9000円)ですが、去年は600元(約7500円)でした。住んで半年後に家主が電話で値上げを告げました。理由は、マンション価格が値上がりし、隣の家賃がここより高いからとのことでした。

私たちの収入は多くありません。私は1200元(約1万5000円)で、夫も大体同じ収入で、つつましく暮らしています。私は大家に、貸家は1年契約でまじめに支払っているので値上げを取り下げてもらえないかと訴えました。家主は、1年契約だから今値上げするのだ。数カ月契約だったらとっくに値上げしていると。私は何も言えなくなりました。来年また値上げするそうで、大幅な値上げがないよう願っていますが、引っ越しは考えていません。

家を買うことなど絶対不可能です。私の同郷仲間など集団宿舎にしか住めず、1部屋8人でぎゅうぎゅう詰めだそうです。わが家では毎日顔を見合わせ、家族が一緒にご飯が食べられる。とっても幸せですよ。(熊建、整理)

太陽都市のカタツムリの家

◆ダワニマ(チベット族、就活するラサ大学卒業生)

私は今年チベット大学を卒業し、以後ずっとラサに留まりアルバイトをしながら公務員試験の準備をしています。

ここ数年、ラサの住宅価格は跳ね上がっています。自分でラサに家を買う能力など、いまのところ考えられません。最初の家は周囲の環境がうるさく人間関係が複雑でした、2番目の家は雨漏りで湿気がひどかった。3番目の家は共同住宅で、2人とも生活習慣が違い過ぎ、お互いに気まずくなりました。

 その後、友達の紹介で郊外に1軒の小さな家を借りました。家賃は前の半分でした。でも床面積は10㎡もなく、ベッド1台、テーブルとイスに衣類掛けを置くだけで部屋が一杯になり、後ろを向くのさえ、ぶつからないように気を付けなければなりません。トイレはもちろん共同です。

でも嬉しいことに隣は学校と病院で、比較的静かな環境です。水の供給にも問題がなく、さらに共用の太陽熱湯沸かし器があり、暮らしが便利なことです。

私はチベット北部の那曲から出て来ましたが、実家には数人の姉妹がいます。両親といっしょに放牧したり、薬草を摘んだりして、私の勉強の費用を出してくれています。私は子どもの頃から志を立て、あの山脈を越え、外の賑やかな世界を見たいと思っていたのです。こうして私は一家の希望と夢を背負って、田舎から一路ラサまでやってきました。

ある晩、ラジオから台湾歌手・鄭智化(チャン・チーホア)の曲「カタツムリの家」が流れてきました。「私に小さな家をください、カタツムリの家を、雨と風がしのげる家を、大きくなくていいから……」。この太陽都市ラサの「カタツムリの家」を眺めていると感慨無量で、努力すればいつかきっと、もっと良くなると確信できるのです。(黄自宏、整理)

子供のために家を借りる

張女史(北京、公務員)

夫の友人が持ち家があるのに家を借りた。どうも子供の通学のためらしい。

 わが家も持ち家だ。繁華街だが静かで趣きがある。2009年に息子が生まれ、小さな家にも活気が生まれた。床を這い這いしたり、団地内をよちよち歩くのを見たり、庭で父親とボールを蹴るのを見て幸せだった。

子供が幼稚園に入ることになった。運よく息子は職場の幼稚園で学べることになった。職場は家から遠く車で1時間程かかる。例の友人にならい、借家住まいはやむを得ない選択だった。

 夫は大きな家を借りよう、そうすれば息子がもっと広い場所で活動出来るとかえって喜んだ。どうやら夫は息子と家でサッカーをやろうと考えていたのだ。

 ネット上で不動産情報を探し始め、一軒一軒家主に電話した。どの家も家主ではなく仲介者が対応した。情報は基本的にあてにならない。値段が比較的高い家は見つけやすく、電話した後にすぐ借りられていくのが分かった。

半月程すべてのフリータイムを犠牲にした結果、ほぼ満足できる家を借りることができた。しかも、自宅も借り手を見つけられた。

息子が「自分のお家に帰りたい」と言った。息子の元気のない様子を見た夫は「俺の息子だ。どこが自分の家か知っている。この子は物わかりがいいね!」と笑って言った。私はふと幸せと悲しみが入り混じった不思議な感覚を味わった。

借家と持ち家のがんじがらめ

張さん(上海、エンジニア)

上海で仕事をして10数年、結婚して子どももいますが、いつも迷って決断しなかったため何度も家を買うチャンスを逃し、今では値段が高くて手に入らなくなりました。

 ここ数年、平均して1年ごとに引っ越していますがどこも長続きせず、その結果として家具を買おうとも思えません。いつになったらリフォームする苦労や楽しみを実感できるのでしょう。妻や子どもは洋服さえ満足に買えず、息子の物も引っ越しを思うと面倒で増やせませんでした。

私たちは上海には戸籍がなく、家もないので、息子の幼稚園入園を申請するのも大変でした。よい幼稚園を見つけることは容易ではなく、それを考えると簡単に引っ越しはできません。今は新都心の浦東(ほとう)新区の友達の家を借りて1年近く住んでいます。

一生借家暮らしでもかまわないのですが、子供のためを思うと家を買わなければと痛感しています。

今年のメーデーに、やっと繁華街に1㎡2.7万元(約34万円)で「学区房(入学許可地域の家)」を購入しました。しかし、その後住宅価格は下がり、高く買いすぎたと今では後悔しています。家を売却して別の物件を買おうにも、損を覚悟しなければなりませんでした。妻は、借家も持ち家も苦しいことばかりだ、とぼやいています。

いずれにせよ、我々は最後にはやはり家を買えるでしょう。借家暮らしが1日も早く終わることを心から願っており、実は、まもなく良い物件が手に入りそうなんです。(葉暁楠、整理)

ネットから見えてくる借家生活

◆石暢、整理

 Mr_Soka:生きていて本当に楽しい。今日の夜は友達と一緒に晩ご飯をつくり、明日の夜はコ―ラチキン手羽をつくります。羨ましがったり恨んだりしないで。借家暮らしの楽しさをようやく心から実感しています、ハッハッハ!

Charline_Jing:最近、現代人にとってネットが本当に大切なことが分かった。

特に私のように外国の借家にいて、インターネットもテレビもなかったら、まったく死に追いやられてしまう。

 卜小様:湯沸かし器が壊れ、いつ修理できるかも分からない。外へ出て頭を洗い、体を洗う。不便な借家暮らしはいつまで続くのやら、トホホ。

 張宏聖:新しい家に引っ越した。やっぱり借家だが、前の家より環境がずっとよい。僕は大型のパソコンデスクを持っていて、ペットには小さな庭もある。でも、まさか隣が鶏を飼っているとは夢にも思わなかった。これがうるさい、落ち着けない。家を買えるくらいなら、誰が苦労して流浪などするものか。

 ラスベガスの魚:必ずしも家を買う必要はない。ローン奴隷になるのは惨めで、借りるほうがましだ。ローン返済金で市の中心部に数年間借家を借りてもまだお釣りがくる。

 緑の泡を吹く蛙:今朝は隣の部屋の男がずっとトイレを占拠していて、30分たってもまだ出てこなかった。お陰でタクシーで出勤するはめに。同じアパートの女性もきっと被害を受けただろう。

 長い羽根を延ばしたい豚:借家暮らしで最も怖いのは、変わり者の大家ではなく、同居人だ。