志を同じくする友と共に
『日中国交正常化40周年記念――梁永琳・王德水書画展』

梁永琳、篆書作品

梁永琳、草書作品

「乾杯」(中国画)王德水作

 賑やかな辰年の春節、中国の書道家・梁永琳氏は一人静かに、親戚友人を訪ねることもなく、ひたすら創作活動に打ち込んだ。そして、楷書、草書、隷書、篆書の各書体から30作品近くを精選した。

 旅日画家の王德水氏も新作の準備に専念した。彼の作品は日中友好を主題としており、日中友好に傑出して貢献した日中の指導者の肖像画を描いてきた。毛主席が田中角栄と会見した折に提起した「歴史を以って鑑とする」という言葉に内在するものを描き出すために、たびたび湖南省を訪れ、指導者の精神の軌跡をたどった。

 こうして彼らは、展覧会に向けて着々と準備を進めた――。

 

文化交流が日中友好の基礎

 3月2日から22日まで、『人民日報海外版』主催、株式会社アルバックス共催の『日中国交正常化40周年――梁永琳・王德水書画展』が、東京中国文化センターで大成功のうちに開催された。

19日に展示会場で開催された日中書画シンポジウムで展覧会はクライマックスに。『人民日報海外版』の張德修編集長は、書状『辰年の祝福』を寄せ祝福した。

この日、『人民日報海外版』の李建興副編集長、中国駐日本大使館の劉亜明総領事、日中協会の白西紳一郎理事長、全日本書道連盟の田中節山事務局長、創価学会国際渉外部の加倉井惠一部長、東京中国文化センターの石軍主任、上海東方網管委会の何継良主任、『人民日?海外版日本月刊』の呂娟理事長等の来賓が祝福に訪れた。

 冒頭、人民日報海外版を代表して同副編集長が、「書画展が日中国交正常化40周年の佳節に開催されたことには大きな意義がある」と「梁永琳・王德水書画展」の開幕を祝福した。

そして、「今年は『日中国民交流友好年』であり、日中双方は、文化、教育、メディア、青少年交流を強化している。両国の国民感情が重要であり、双方が対話・交流を通して相互理解を深め、国民感情を改善し、日中両国の国民世論の礎を強化していかなければならない」とあいさつした

 李副編集長はここで、二人の書画家を紹介。梁永琳氏は、人民日報社で文化面の編集を長年にわたり担当。中国書道界の実力派の書道家である。たびたび、中央電視台、釣魚台国賓館、人民大会堂、中国美術館等の招きを受け、創作活動を展開。さらに、民間の庶民のための創作活動も数多く、慈善公益活動にも参加してきた。日本での展示会に出発する前夜には、中国全国政治協商会議の李金華副主席、厲(れい)無畏副主席からそれぞれ、書画展への祝賀の題辞(巻頭の言葉)を賜った(金華氏からは『和為貴〈和を以って貴しと為す〉』、厲無畏氏からは『神?八極〈創作は縦横無尽たれ〉』)。

王德水氏は、芸術界で活躍する旅日画家として有名であり、書画界に非常に大きな影響力をもっている。

李副編集長はさらに、「梁永琳・王徳水書画展」が両国国民のための芸術の饗宴となり、両国国民の相互理解と友誼を深め、日中の人的文化交流と民間交流を推進し、日中友好の精神が更に人々の心に届き、代々受け継がれていくものと確信する」と述べた。

 続いて、劉亜明総領事が中国駐日大使館を代表し、書画展の開催を祝福。

「日中国交正常化40周年の本年、政府・民間で様々な活動が行われている。このような文化交流活動こそ、日中友好関係の発展において最も重要である」と語った。

そして、「日中友好の基礎は民間にある。今後、日中間でより多くの民間文化交流が展開され、両国の関係がさらに強まることを期待する」と述べた。

 そして、白西紳一郎理事長が日本の友人を代表してあいさつ。

「日中間には誤解や摩擦も存在するが、文化交流によって、最後は両国間の溝や障害を乗り越え、日中友好は実現できると信じる。今日の書画展に中国の美酒が花を添えていることも素晴らしい」と語った。

そして、「酒を飲み、絵を描き、詩を詠むことも、まさに文化の一つと言える。どうぞ皆様、美酒と詩と書画とともに友好の誼(よしみ)を結んで下さい」と述べた。

 会場では梁永琳、王德水両氏と日本の書画家の代表、全日本書道連盟の田中節山事務局長が、集った書画家とともに質疑応答を行い、日本の友人の中国書画への理解を深めた。

 

書画とは、心を描くこと

 書画展開催の成功について、書道家の梁永琳氏は次のように語った。

「まず初めに、人民日報社に感謝申し上げたいと思います。私は1983年に中山大学中国語学部を卒業して、人民日報社に入社いたしました。その恵まれた環境のもとで、中国の一流の文芸家と触れる多くの機会を得ることができました。そういった方々と深く交流・対話をするために、自身の文化的知識の蓄積の必要に迫られ、常に怠らず、長年にわたって中国文化と書画芸術の中に身を置いて参りました。だからこそ、忍耐強く中国の伝統文化を伝承しなければ、との強い責任感に立つこつができたのです!」

 梁氏はさらに、「1972年、少年の頃、私は広東省の古城である潮州で書道を学び始めました。一冊目の手本は趙孟?の『胆巴碑』でした。当時は外の世界がこんなに広いとは知る由もなく、40年後に書道交流のために来日することなど想像もできませんでした。私個人の40年は両国の40年の歴史に比べれば語るに足りないものですが、この書画展を契機に、日中文化交流・日中書道交流のために、さらに貢献していきたい」と強調した。

 画家の王德水氏は来日して25年。多くの日中文化交流活動に参与してきた。日中国交正常化20周年と30周年に、それぞれ個展も開催した。

王氏は、「書画家は日中両国間の問題を直接解決することはできないかもしれないが、この展覧会の力を借りて、指導者や文人を描くことで、自身の日中関係への理解や考えを表現した。その方が庶民に向けてより説得力があり、日中友好を真に進めることができるのかもしれない」と述べた。

 

小さな流れが集まり大河に

 『人民日報海外版日本月刊』の呂娟理事長がオープニングセレモニーで展覧会の意義について述べた通り、日中文化交流活動は日中友好の「架け橋」の役割を果たしている。同理事長がこの度の書画展を開催するにあたっては、日中各界の関係者から大きな支援が寄せられた。

 中国文化部・東京中国文化センターの石軍主任は、自ら展示作業の指揮を執った。

 『梁永琳書法芸術』、『王德水書画』の出版に際しては、主催者側のスタッフである、鄒佩妤、崔航、趙萍、趙艶梅、三津山和朗の各氏が担当し、招待状の発送、参加確認、翻訳、校正から、展示ホールのセッティング、来賓接待に至るまで、一生懸命取り組む姿は参加者に深い印象を与えた。

 『人民日報海外版日本月刊』の呉暁楽発行人及び蒋豊編集長は、それぞれ海外出張からとんぼ返りで、このシンポジウムに駆け付けた。蒋豊編集長はシンポジウムの司会を務めた。

 国内外のメディアも、日中国交正常化を記念した今回の展覧会に大きく貢献した。

『日本新華僑報』、『日中新聞』、『大公報』、香港の『文淮報』、『美術報』、『書法導報』は大きく紙面を割いて、展覧会の様子や出展した書画家について報道した。

また、『日本華人網』、『人民網』、『新華網』、『光明網』、『東方網』、『中国網』、『中国書画家網』など、数十のウェブサイトが、その模様を配信した。

 まさに各方面の一つ一つの小さな努力が、大きく一つになって日中友好を推進しているのだ。

 「嚶其鳴矣、求其友声」(詩経·小雅·伐木より。鳥たちが鳴く声がする。共に友を励ましあう声がする=互いに手を携えて、協力しあって生きてゆこう)。

呂娟理事長は語る。「日中友好に携わる多くの関係者の絶え間ない努力の下で、日中両国は度重なる障害も乗り越え、理解と信頼を増進し、友好協力関係は質的向上を成し遂げるのです。この度の展覧会もまた、日中友好の『潮流』における『一滴の水』となって、日中友好に貢献していきたい!」と。