私たちの焦り

競争が激しく先が不安に

◆譚輝(北京の時流ドリンクショップ経営者)

 私の故郷は雲南省紅河哈尼(ハニ)族彝(イ)族自治州で、北京に来てもう6年になります。現在は時流の洒落たドリンクショップを2軒経営していて、商売はまあそこそこです。3店目を開きたいんですが、出来ないのは従業員の確保が難しいからで、これにはまいります。転職が多すぎて、月に2-3人は辞めて行きます。ひとつの店の従業員は3人から5人ですが、人数がそれほど多くないので、就職斡旋会社もなかなか紹介してくれません。従業員募集はインターネット広告に頼るしかなくて、間に合わない時は自分でも店に出ています。

 近頃は材料の値段が上がるばかりで、砂糖や粉ミルクも皆上がっています。ピーナッツなんか、元の8元が今は10元もしていますが、飲み物の値段は上げられません。この商売はすぐに天井を打ってしまうので、競争が激しく、勝つか負けるかです。稼げなければ焦るし、稼いだら稼いだで、その先が不安です。もし不安を感じないで済む日が来たら、今度はなぜ焦らないでいいのかが不安になるでしょうね。

(取材・編集 呉ハン)

生活を変えたいが自分の時間がない(私たちの焦り)

◆小楊(中国人民大学巡回警備員)

 私の故郷は河北省渉県で、今年19歳になります。中学を出てから専門学校で電気溶接を学びました。学歴が低くて、なかなか仕事が見つからず、最後は友達の紹介で人民大学の警備員になりました。

 結婚はまだ5年くらい先のことですが、給料が少ないのと自由な時間がないので頭を痛めています。ひと月の給料は1400元で、保険やらなんやらを引かれるので、職場の寮はありますが、ほとんど貯金も出来ません。1日6時間勤務の三交代制で、もっと稼ごうと思えば残業です。これからは4時間毎の1日二交代制になるそうで、そうなれば、すべてここに拘束されて何もできなくなってしまいます。

仲間の内5、6人は人民大学で聴講し、他にも他の学校で管理とかなんとか勉強しています。私も何か勉強したいと思いますが、今はとにかく自分の自由になる時間がありません。高校に戻って勉強し直し、大学に入って、その後良い仕事を見つけて今の生活を抜け出したいと心の底から思っています。

(取材編集 高健)

逃げ場のない現実のプレッシャー(私たちの焦り)

◆厳暁紅(インターネット不動産情報会社中間管理職)

 2009年に上海に来てから、ずっと不動産関係の仕事をしています。前の会社には1年半いましたが、給料は上がらないし、昇進の見込みもなく、刺激のない環境と仕事のやりがいのなさで惰性と何とも言えない喪失感があり、自分が置いて行かれるような焦りが生じたんです。

 それで転職し、6月に今の会社に移りました。ポジションはちょっとだけ上がりましたが、現実的な希望としてはやはり昇給です。上海の生活はお金がかかります。家賃や交通費、生活費、それに避けるわけには行かない様々な交際費で、ほとんど残らないし、「白領(ホワイトカラー)=給料が白領(ただ)」という冷やかし(「白」にはただ、「領」は受け取る、の意味があることから給料の少ないホワイトカラーを揶揄した言い方)ももっともです。それに上海という欲望に満ちた街では、もっと良い暮らしをしたいという誘惑が私たちの焦りの気持ちを掻き立てるんです。

 いつの間にか結婚を考える年齢になってしまいましたが、結婚についても「この人が本当にそうなの?」という気持ちの他に、「就職して間もない、貯金も家もない彼と本当に一緒にやって行けるの?」「彼には、いつか私がすべてを捨てて跳びこむ値打ちがあるのかしら」なんていう現実的な問題がいつも目の前にちらつくんです。

(取材、編集 黄潔瑩)

北京に留まるか、雲南に戻るか(私たちの焦り)

◆趙明月(北京某大学の修士課程学生)

 最近、私は死ぬほど泣いた末に、ついにこの辛い決断をしました。両親は私が卒業後、故郷に戻って活躍し、自分たちの傍にいることをずっと望んでいるのです。約束した訳ではないけれど、心の中には絶えずこの焦りが付きまとっていました。北京に留まるか、それとも雲南に戻るのか。

 先週、両親がわざわざ北京まで“説得”に来て、激しく言い争った挙句、父は残酷な言葉を言い放ったのです。「お前がもし北京に残るなら、私は雲南で死ぬまでだ」。数カ月前に故郷の友人の父親が突然病気で亡くなったとき、私は滝のような涙を流しました。

 北京は私が長年勉強してきた場所です。大切な同級生、友達や恋人もいます。いろんなチャンスや誘惑もあります。でも最近では「北京、上海、広州から逃げ出そう」という熱い議論も私を寝付かれなくしていました。人材は豊富であり余り、住宅は高く、あわただしい暮らしに、私は果たしていつまで耐えられるのか。

 両親の気遣いが少しずつ分かるようになりました。雲南に戻れば両親の面倒も見られるし、もっと良い暮らしも出来る。今は故郷に戻るのが“正しい”道だろうということは分かっています。ただ、心の中には北京という街とこの街の人々に対する名残惜しさと葛藤があるのでしょうね。

(取材、編集 周剣)

農民の要望にそぐわない?(私たちの焦り)

◆黄強(ある準県レベル政府職員)

 県に準じるレベルの地方政府職員として、最も焦りを感じるのは主に仕事上の問題についてです。仕事は一生懸命やっていますが、ただ自分のやっていることが客観的な経済法則に合わない、というか人々の要望にそぐわないんです。

 この数年、単位面積当たりの収穫量を向上させようと、役所は新しい栽培方法を推進し、経済的な補助もしてきました。本来は素晴らしいことなんですが、農民は決して積極的ではないんです。新しい栽培方法は農民にとっては大幅に作業が増える上、そのために機械を導入しなければいけません。1年経って、総収益は確かに上がったんですが、コストを引いたら農民の実収入はかえって下がったんです。農民を援助して、豊かにするための政府の考えは、実際やってみたら予想した効果を上げられなかったわけです。

 私も、この辺の事情は分かります。でも、仕事と言われたら無理にでもやらなくちゃなりません。自分が絡んでいることが良くない方向に向かっているのが分かれば不安でない訳がありません。焦らないでいられますか?

(黄強は仮名 取材・編集 梁岩)