中国の高度成長によって浮上してきたもう一つの課題
――今こそ問われてきた中国人民の精神力!

「すべての国民が不安と焦燥感を抱えている」――高度成長まっしぐらの国が必ず直面する現象である。60~70年代の日本、70~80年代の韓国でも「不安を抱える現代人」が急増した。そして今、中国でも同じ現象が広がっている。

最近、遥か海の向こうで反格差デモ「ウォール街を占拠せよ」が起きた。彼らもまた同じような不安を募らせていたのではないだろうか。 

「不安」があらゆる層に蔓延

 沿海部の都市から内陸部の農村、一般庶民から高官・金持ちに至るまで、社会のあらゆる層に「不安」がじわじわと広がっている。

 10月10日は世界精神保健デー。この日、北京の「鳥の巣」(国家体育場)西側の広場で精神科医や心理カウンセラーらによる「心の悩み相談会」が行われた。その際、最も多く寄せられた悩みが「不安」だった。

 遠く離れた上海で1000世帯を対象に行われたアンケート調査でも、「喜びが民衆から遠ざかり、不安が現代人の心をむしばんでいる」との結論が出された。

 「常に緊張や不安にさいなまされ、何か悪いことが起きるのではないかと心配するあまり、心が塞いでいる」。こうした精神状態が沿海部の都市から内陸部の農村、一般庶民から高官・富裕層に至るまで、じわじわと広がっている。

 国家人口計画生育委員会が先日発表した「中国流動人口発展報告2011」によると、10~20代の「新世代農民工」と呼ばれる若い出稼ぎ労働者は全体の47%を占める。彼らの青春は低収入、都市生活における様々な差別、希望が見えない未来、子どもの教育など、ありとあらゆる「不安」にまみれている。

 一方、恵まれていると思われがちな役人も、心の病にかかる人が少なくない。役人が自殺したというニュースも新聞の片隅で頻繁にみられるようになった。社会の中間層に位置する一般庶民も就職、住宅、子どもの教育に頭を悩ます日々を送っている。

 ミニブログ(中国版ツイッター)に庶民の「不安」を表す次のような書き込みがあった。

「株は大損、住宅ローンがまだ90万(約1000万円)もあるのに給料は上がらない。家具を買ったらダヴィンチ製(注:中国製を高級イタリア製と偽っていた家具メーカー)、粉ミルクを買ったら添加剤入り、車を買うにも抽選だ。街で李双江の息子(注:有名な軍属歌手の15歳の息子。高級外車を運転中に衝突事故を起こし、相手を殴打した)に出くわすならまだマシ。李剛の息子(注:警察幹部の息子。死亡交通事故を起こしたが父親の名前を出し、何食わぬ顔で現場から逃走しようとした)だったら命がない」。

 専門家は「中国は『すべての国民が不安と焦燥感を抱える』時代に突入したが、これは近代化を果たすために必要な“生みの苦しみ”である」と指摘する。60~70年代の日本、70~80年代の韓国でも「不安を抱える現代人」が急増し、自殺率が上昇している。

「焦燥感」の原因は「速さの代償」

 急激な社会変化が人々を取り巻く環境を大きく変え、様々な弊害を生み、社会全体を「不安」に陥れた。

 小説「傷痕」の作者、廬新華氏は「『傷痕文学』は永遠の話題。いつの時代にも存在する」とし、「『不安』が現代を生きる多くの人々にとっての『傷痕』なのかもしれない」と指摘する。

 すべての国民が不安と焦燥感を抱えている原因について、南開大学・周恩来政府管理学院社会心理学部の李強教授は「速さの代償」と語る。「中国は、他の国が100~200年かけて進む道のりをわずか30年で駆け抜けた。急激な社会変化が人々を取り巻く環境を大きく変え、様々な弊害を生み、社会全体を『不安』に陥れたのである」。

 特に中低所得層は、不十分な社会保障、不平等な社会といった現象に「不安」を募らせている。「入園難」(幼稚園に入るのが難しい)、「看病難」(病気を診てもらうのが難しい)、「就業難」(職に就くのが難しい)、「買房難」(家を持つのが難しい)、そして腐敗の蔓延、所得分配の不平等。こうした問題が社会への不満を高め、現状や未来への不安を強めている。

 このほか、金や権力を崇拝する風潮が「すべての国民が不安と焦燥感を抱える」原因と指摘する声も上がっている。あるアンケートでは回答者の半数以上が「金がなければ幸せになれない」と答えた。これでは「常に現状に満足しない状態」の人が増えても不思議ではない。

幸福社会の実現は個人と社会の協力で

 不安や焦燥感は個人にとどまらず家庭の幸せや社会の調和・安定にも関係してくる。その解決には個人と社会の協力が不可欠だ。

 天津心帆心理カウンセリングセンターの賈暁波主任は「カウンセリングを受けに来た人の70%近くに『心の病』の症状がみられる」と話す。

賈主任は心が軽くなるアドバイスを3つ挙げた。まず1つ目は「自分を良く知ること」。自分を正しく知ることが正しい解決策を見つけるための前提条件だという。次に「上手にストレスを発散すること」。ストレスを感じた時、自分がどうすればそれを発散できるのか、いろいろ試してみるのも良い。そして3つ目は「薬物療法」。どうしてもつらい時は専門家に相談すること。薬の力を借りることは決して恥ずかしいことではない。

 不安や焦燥感は個人的な心の問題でもあり、一種の「社会病」でもある。それは個人や家庭の幸せだけでなく、社会の調和や安定にも関係してくる。

 こうした状況を改善するには、政府がまず「全体の環境」を整える責任を負うべきではないだろうか。改革開放の開始から30年以上が経過した。中国政府は目を見張るような急成長の陰で生まれた様々な社会のひずみに注意を向け、国民が「幸せで尊厳のある生活」が送れるよう尽力すべきだ。経済成長モデルを転換し、全国民を対象とした社会保障制度を整え、調和のとれた公平で正しい社会を作ってほしい。

 中国社会科学院社会学研究所の楊雅彬研究員は「教育の充実が必要」と語る。自立した社会生活が送れるだけの知識や技能を持ち、円滑な人間関係が築け、社会の規則を守れる人間を育てること。そうすれば「不安」を感じる土壌や外的要因を減らすことができる。「それらはすべて政府の仕事」だと楊研究員は釘を刺した。