経済協力は日中関係の安定装置であり、両国の経済関係の深化は新たな時代の要請にかなった日中関係を構築する上で一つの鍵となる。新たな時代に、日中経済協力をさらに安定させ、強固にし、前進させるには、対話と交流を強化することが特に重要になる。記者は先ごろ、みずほフィナンシャルグループの本社に赴き、一般社団法人日中投資促進機構会長、日本経済団体連合会副会長兼中国委員会委員長、みずほフィナンシャルグループ特別顧問を務める佐藤康博氏を取材し、中国経済の情勢、日中経済協力の課題等についてお話を伺った。佐藤康博氏は中国ビジネスでは未来志向をベースに、「オープンで誠実な対話が日中経済協力の鍵である」との見解を語った。
―― 中国経済は依然として世界の「ホットイシューの一つ」です。今年の「両会」において、中国政府は「新たな質の生産力」の発展及び新たな成長目標を設定しました。新しい情勢の下で、中国経済の次なる発展に一層の注目が集まっています。今後の中国経済の動向についてどうお考えですか。
佐藤 非常に難しい問題です。これには複数の要素が関係しており、形勢はそれに応じて異なってきます。第一の要素はアメリカ経済です。国際貿易の観点から、アメリカ経済の変化は中国にとっても非常に重要な要素です。現在、アメリカの経済状況は良好ですが、今後、アメリカの連邦準備制度理事会が利下げを選択するか、インフレを懸念して現在の金利レベルを継続するかで経済の動向は大きく異なり、国際貿易にも影響を及ぼします。中国はGDPに占める貿易の割合が大きいため、アメリカの影響を大きく受けます。
二つ目の要素は、中国の消費です。私は特にこの点に注目しています。中国では若者を中心に、消費より貯蓄という貯蓄志向が強まっていることを伺っております。これは「失われた30年」と呼ばれるバブル崩壊後の日本の若者の心象風景とよく似ています。お金を貯めても使わないという状況が消費力の低下を呼び、それが常態化するとデフレマインドが形成され、経済に多大な悪影響を及ぼします。もちろん、中国はまだその段階にはないと思いますが、この1年の消費動向が鍵となるでしょう。
三つ目の要素は投資です。投資は中国のGDPを大きく押し上げます。国内投資の観点から見ると、現在、中国政府は財政を通じて投資を喚起しようとしています。ところが、地方政府の財政圧力が高まり、都市インフラも成熟してきているため、どこに力点を置くかが課題となっています。
外資の対中投資の観点からですが、まず、中国は日本が引き続き中国への投資を強化する事が両国の将来にとって重要であるという認識を持っている、という事から述べる必要があります。今年1月、日中経済協会、経団連、日本商工会議所は、200名超の代表団を率いて訪中し、総理、商務部長、国家発展改革委員会を表敬訪問し懇談する機会を得ました。中国政府の日本企業による対中投資拡大に寄せる大きな期待が強く印象に残りました。中国側は、日本企業の対中投資に関する如何なる困難や不安に対しても、解決のための方策を探りたいと述べました。私と中国とのお付き合いはおよそ45年になりますが、中国の政府関係者のこうした姿勢は、中国が対日関係、特に投資分野における協力の強化を非常に重視していることを表していると感じました。同様に、日本企業も早くから中国市場の重要性について深く理解しています。日中間の投資協力がより強固になれば、中国の上述の経済課題に対しても解決策を提起することができるでしょう。
あくまで個人的な見解ですが、今後、情勢がどう変化していくかは不透明であり、如何に課題を的確に捉え、チャンスに変えていくかが鍵になると思います。われわれも対中投資を拡大していけるよう力を尽くしたいと思っています。
―― 先ほど、本年1月に日本の経済団体が4年振りに大規模な訪中団を再開したとおっしゃいましたが、これも日中の経済関係の継続性と重要性、そして、双方が経済のつながりを強化することの重要性を理解している表れです。同時に、近年、さまざまな妨害や干渉によって、雑音や異なる動きも現れています。時代は常に変化していますが、現在の両国の経済関係の重要性についてどうお考えですか。
佐藤 いくつかの側面からお話ししたいと思います。中国の貿易市場は巨大であり、日本企業にとって中国との経済関係を良好に保つことは「死活問題」であることに変わりはありません。同時に中国は、日本企業の対中投資強化を歓迎する姿勢を明確にしています。したがって、私は日中の経済協力の深化については肯定的な考えをもっています。しかし、政治が民間経済の意向や空気と相容れない場合もあります。具体的には、米中経済摩擦がもたらす暗い影です。現在、トランプ氏が再び大統領になるのではないかと懸念されていますが、日本企業が本当に憂慮しているのは、アメリカから多方面の制約を受ければ、世界の経済活動が制限されてしまうのではないかということです。経済活動の分断はブロック化をもたらし、健全な成長と国民の豊かさを阻害しかねません。重要な事は、各国が対立を軸とすることではなく、協調と協力を軸として、法の支配に基づく自由で開かれた健全な国際秩序の構築への努力を怠らないという事だと思います。米中対立が悪化すれば、状況は変化する可能性もあります。
中国は今後も日本にとって極めて重要なパートナーであり続けます。私が特に注目しているのは、カーボンニュートラル、少子高齢化の分野です。これらは両国共通の課題です。カーボンニュートラルについては、日本はCO2排出削減分野における先進的技術を有しており、中国は、CO2地下貯蔵技術等の協力を求めています。双方は、環境保護の分野でウィンウィンの関係を強化していくことも可能です。
少子高齢化に関して言えば、現在、日本の出生率は1.2程度で、韓国はさらに進んで、0.7です。中国も今まさに少子高齢化社会に突入しようとしています。人口減少は経済の衰退を招くため、何らかの対策を講じる必要があります。日本もさまざまな対策を考えていますが、日中がともに注目しているのが医療の分野です。70歳や75歳まで元気に働くことができれば、この問題をカバーすることができます。70歳で元気に働くには、40歳、50歳から生活習慣を正したり、適度な運動を心掛けるなどの疾病予防対策が必要になります。「疾病予防」は今日、日本の医学が最先端をいく分野であり、中国でもよく知られています。そのため、多くの中国の方々が、最先端のクリニックで健康診断を受けるために来日しています。両国が協力することで、大きく展望が開け、ウィンウィンを実現することができるのではないでしょうか。
経済関係の観点から、日本と中国はこれまでも重要なパートナーでしたが、今後、こうした特定の分野での協力がより重要になってきます。中国の総理も述べているように、日本と中国が協力モデルを構築できれば、そのビジネスモデルをアジアで共有することができます。今後インドネシア、マレーシア等、アジア全体でも少子高齢化が進んでいきます。日本と中国の各企業は重要なパートナーとして、連携してアジア市場で展開していくことも期待されます。
―― おっしゃる通り、日中の経済協力は、アジアにも目を向け、志を大きくもつべきです。経済協力のすそ野を拡げるには、より良いビジネス環境が必要です。中国のビジネス環境については、どう見ておられますか。
佐藤 よく言われることですが、例えば、一部の中国の国内法についてですが、外国人は中国国内にいる限り、それらの法律に従う義務があります。実際、日本にも関連の法律がありますので、それは理解できます。しかし、中国に進出している日本企業にとっては、その適用法や運用法、因果関係や経緯等々、未だ分かりにくいのが現状です。
言い換えれば、企業は行動とその結果を明確にしたいと考えています。例えるなら、川を渡ろうとすれば、どこを歩けば危険で、どこを歩けば安全かを知っておく必要があります。「境界線」が分からなければ、前に進むことはできません。中国のビジネス環境における課題のひとつは透明性だと思います。「予見可能性」の改善へ向けての今後の更なる取り組みに期待しています。
また、日中のビジネス環境の観点から、人的交流についてお話ししたいと思います。科学研究分野をはじめとして、日中両国の学生は、お互いの国に自由に留学することができます。ところが最近、日中ともに、自国への渡航者に対する審査を厳しくしています。やむを得ないことかもしれませんが、自由闊達な人材交流がビジネスの基盤です。科学研究分野も産業界も人材交流が停滞していると誰もが感じています。大きく言えば、商工業についてもそうです。日中関係にとって大きな課題であり、人的交流をさらに強化していく必要があると強く感じています。
以上が私のビジネス環境に対する考えです。また、ビザの件に関して申し上げますと、もちろん、私自身のビザ申請はスタッフが代わりにやってくれましたが(笑)、ビザ申請の手間については、われわれも商務部長にお伝えしました。先方は理解を示してくれましたが、日本も似たようなやり方をしているとの指摘を受けました。確かにそうかもしれませんが、少し努力すれば状況は大きく改善できるはずです。人的交流が経済交流の基盤と言うのであれば、これは重要な課題だと思います。
―― 佐藤さんは中国経済界の「老朋友」です。45年の中国との親交を振り返って、中国経済や日中経済協力に対して、さまざまな経験や実感をおもちだと思います。中国経済にとっての「キーワード」は何でしょうか。
佐藤 これは最も答えづらい質問です。現在私は、豊田章一郎氏の後を継ぎ、日中投資促進機構の会長を務めています。また、経団連では中国委員長の任にあり、多方面で中国とはつながりを持っています。私は日本の経済界の関係者には常々、こちらの考えや気づいたことなどは率直に中国側に伝えるようにと話しています。ところが実際には、相手の立場を慮って口をつぐんでしまうということが多いように感じます。
われわれが中国の商務部長と意見交換を行った際には、忌憚のないやり取りが交わされ、いくつかの対話の果実を得ることもできました。自らの考えを率直に述べなければ、率直な反応は返ってきません。これは日中関係にとって大変重要なことだと思います。政治的要素を考慮すれば、当然、現実は複雑になり「できること」と「できないこと」がありますが、相手の考えを正確に把握できなければ、正しい答えを出すことはできません。それが友人同士の本当の付き合いです。心が通わなければ、親友にはなれません。「忠言耳に逆らう」です。「言葉使いに注意した方がよい」「座り方が悪い」と率直に言ってくれれば、すぐに正すことができます。きちんとコミュニケーションがとれれば、相手は自分のために言ってくれていることが分かるので、より親密になれます。国家間でこうした関係を築くことは簡単ではありませんが、ビジネスの世界では日本側も中国側もお互いが一層理解を深め、努力を積み上げ、相互理解に基づいた行動を起こす必要があります。
一方、日本語では伝わらない部分もあるため、中国でビジネスをするにはどうすればよいかなど、中国の方たちには、率直なアドバイスをお願いしたいと思います。そうすれば、日本企業は安全に「川を渡る」ことができます。誰も教えてくれなければ前向きな投資に踏み切れません。これが日中両国の一番の「キーワード」だと思います。仕事の関係で、今後も中国の方たちと交流する機会があると思いますが、言葉使いや態度にはもちろん注意しながら、こうした思いを率直に伝えていきたいと思っています。オープンで誠実な対話こそ、日中関係の発展と相互利益を促進するための「キーワード」になるのではないでしょうか。
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