「福祉国家」における社会保障削減

イスラエルは他の西側諸国と同様、70年以上にわたって手厚い福祉国家を建設すると約束してきたが、今日、その不文律である国家と国民との約束が脅かされている。今後数週間のうちに、同国議会は緊急戦争予算を通過させる予定だ。この予算は過去と決別するものとなり、日常的な社会保障の支出を削減して戦争に必要なさらに多くの資金を確保するものだ。理論上、パレスチナ問題勃発前、同国の債務残高の対GDP比は60%にすぎず、大多数の先進国の債務比率よりはるかに低く、財政当局が戦争と社会保障を「両立」させる余地はまだ十分にあった。しかし、同国の市場は小さすぎ、またパレスチナ問題が中東地域の全面戦争に発展する可能性が高いため、同国は債務を抑制するしかなかった。この選択には「過去の教訓」があった。1973年の第4次中東戦争(ヨムキプール戦争)の際に同国の債務比率は100%を超え、財政危機を引き起こした。それ以降、負債の返済のためインフレ率が急上昇し、1985年には450%に達したのである。現在、同国はハマスを一掃しているにすぎず、本当の戦争はこれからなので、後半戦に向けて体力を温存しなければならないのだ。戦争の前半戦であるガザ攻撃で戦力を維持した結果、必然的に社会保障が削減された。今の同国の予算目標は、年間の財政赤字をGDPの6.6%、債務比率を75%程度としている。債務比率の上昇を抑えられている主な理由のひとつは、社会福祉支出を軍事費に移し替えていることだ。

それでも先月、格付け会社ムーディーズはイスラエルに対する史上初の信用格付けの引き下げを発表した。ムーディーズが実際に示唆しているのは、1.イパレスチナ問題は将来的にも終結は見込めず、同国の債務比率は上昇し続ける。2.本格的な地域紛争の可能性は、同国が債務返済のために多額の紙幣を印刷した1973年の第4次中東戦争後と同様、同国の実質的な債務不履行の可能性を高めるだろう。

図:6.6%の予算目標は平時より2%前後上がっているだけである イスラエルの政府予算 イスラエルの政府予算は、1980年から2023年まで平均してGDPの-5.7%を記録し、1986年にはGDPの2.70%と過去最高を記録、1981年にはGDPの-16.10%と過去最低を記録した。データ:イスラエル銀行

イスラエルには戦略的な深慮遠謀がないため、米国の存在がなければ同国はとっくに終わっていただろうし、実際に長期戦をする余裕はない。同国が今日まで持ちこたえているのは、米国の支援があってこそなのだ。

図:米国は75年間イスラエルを支援してきた データ:米国国際開発庁(USAID)議会調査機関:注:ミサイル防衛支出を除く。2022-2023の部分データ;2022ドルに調整。チャート: Jacque Schrag/Axioa

上の図からわかるように、中東戦争における米国の「支援」は、イスラエルの勝利に極めて重要な役割を果たした。現在、米国はパレスチナ問題における同国への援助を増やし始めている。上の図にある143億ドルは古い数字で、最新の予算額は176億ドルであり、最終的にはそれ以上の額になる可能性さえある。大きな金額ではないように見えるが、GDP全体で5000億ドルしかない同国にとって、この金額はGDPの4%近くに相当する無条件の無償援助である。このような規模の支援がなければ、同国は本格的な地域戦争の勃発を待つまでもなく、その前に経済が崩壊してしまうだろう。同国の労働市場の状況からは、その経済が実際には回っていないことが垣間見える。この半年足らずの間に、同国では75万人以上が働くことができなくなったが、その多くは戦闘地域からの避難者や予備役戦闘員である。この75万人を過小評価してはいけない。絶対数は少なく見えるかもしれないが、同国にとっては生産力の大きな損失である。それはなぜか。

イスラエルの人口構成を見てみよう。同国の公式発表による人口は約1000万人で、そのうち生産年齢(15~64歳)は約600万人だが、いわゆる「正統派ユダヤ人」が130万人おり、その多くは宗教上の理由で働かず入隊もせず、国の社会保障によって生活しているだけでなく、子供もいる(同国の正統派ユダヤ人家庭の平均的な子供の数は4人)。そのほか、アラブ人(ほとんどがイスラム教徒)も200万人以上おり、その多くも宗教上の理由で働かず、社会保障を受け子供もいる(子供が多いほど手当が多くなる)。また、彼らはイスラム教の兄弟を虐殺する同国軍には入らない。このような人々を除いた後、同国で実際に使える労働力は400万人に過ぎず、パレスチナ問題のためにさらに一気に75万人減った。これは労働力の19%が失われたということであり、経済が19%縮小するのも不思議ではない。同国の現在の経済状況では、軍事力を強化し続けるためにはもちろん、たとえ既存の軍事力を維持するにしても、おそらく外国からの援助に頼るしかないだろう。外国からの援助が止まれば戦いは止まり、外国からの援助が続くなら戦いは続くだろう。

パレスチナ問題は、米国内の分裂の主な原因のひとつである。トランプとバイデンの両大統領候補は現在、イスラエル支持を明言しているが、米国民はそのようには思ってはいない。

米国人の対イスラエル援助の態度 あなたが、2024年の大統領選挙で軍事援助によりイスラエルを支持し続ける候補者を支持する可能性はどのくらいありますか。

上のグラフからわかるように、同国への援助を強く支持する米国人はわずか15%、強く反対する米国人は19%で、一般に米国人の約半数はなぜ自らが納めた税金をパレスチナ人を絶滅させるために同国に渡すのかを「理解できない」としている。また、現在米国の財政状態も限界に達しており、現在の米国の純国債発行の速度によれば、米国債は年間5兆ドル追加発行されるだろう。米国債は長期債、短期債にかかわらず、一定程度販売が鈍化しており、そのためFRBは米国債の発行を支援するため、バランスシートのMBS(住宅ローン担保証券)を損失覚悟で入れ換えざるを得なくなった。一見無関係に見えるロシアのウクライナ侵攻やパレスチナ問題は、実際には、大国の経済的持久力に対する試練なのである。核戦争が相互の壊滅をもたらすことを意味する現状で、直接の戦火はもはや世界の秩序を決める次世代の検証や「選択」にはなりえない。長期的に持続可能な戦争が新たな「テスト基準」になりつつある。そしてその耐久レースという新たなシチュエーションでは、社会保障の契約は最終的には軍事と経済という全面的な競争のニーズにその位置を譲ることになる。イスラエルはその小さなスタートにすぎないのだ。

 

神月 陸見 Mathilda Shen

フィンロジックス株式会社の代表取締役社長。金融学と哲学の修士号を持っており、復旦大学証券研究所の講師、 Project Management Professional (PMP) 、上海華僑事業発展基金会のファンドマネージャー。
Email: mathilda.shen@finlogix.com