足立真治 パナソニック ハウジングソリューションズ株式会社常務執行役員
「木質資源循環利用社会」へ向けての挑戦 ~グリーンファニチャーへの取り組み~パナソニックが新たな神話を紡ぎだす

 パナソニックの創始者である松下幸之助の生涯は、明治・大正・昭和・平成という四つの時代にまたがる。日本における「経営の神様」は、中国の改革開放に力添えをした先駆者でもあり、中国の経済発展および中日友好事業に対して多大な貢献を果たした。

1932年5月5日、その松下幸之助が社員に向けて宣言をおこない、真の使命を明示した。そこで提示されたのが、建設時代10年、活動時代10年、社会への貢献時代5年、合わせて25年を1節とし、これを10節繰り返すという250年計画である。

「貧乏を克服し、世の中を物資に満ちて富み栄えた楽土へと変えよう。」松下幸之助の大いなる理想は、今日に至るまで連綿と受け継がれている。2022年4月1日、パナソニックグループは大阪にパナソニック ハウジングソリューションズ株式会社を設立した。同社は「Green Housing」を事業スローガンに、「ひとにも環境にもいいくらし」を目指し、木質資源をリサイクルする社会の建設にも取り組んでいる。

 12月1日、本誌はパナソニックの東京本社を訪ね、パナソニック ハウジングソリューションズ株式会社の常務執行役員である足立真治氏に単独インタビューをおこなった。足立氏の言葉に通底していたもの――それこそは松下幸之助が言うところの「物心一如」の理念であった。

「物心一如」の理念を継承し

グローバルな課題を解決

―― 御社は、2022年のパナソニックグループ再編を経て誕生した企業で、人々の生活と密接な関わりを持つ住宅建設業界を主戦場とするようですが、パナソニックと言えば多くの人々は電気産業分野の大企業というイメージを持っていると思います。なぜ事業の範囲を住宅建設の分野にまで広げてきたのでしょうか。また、国際情勢の急変や環境保護意識の高まりにともない、住建の分野は大きな岐路に直面しているようにも思います。そういった状況のなかで、御社はどのようなソリューションを提供できるとお考えですか。

足立 パナソニックグループは、いまでは多くの分野に跨がる企業によって構成されていますが、その原点は創始者である松下幸之助が掲げた「物心一如」、つまり、物と心がともに豊かであれば、世界はよりすばらしく、人はより幸せを享受できるという理念にあります。ずいぶん早くに創始者が打ち出したこの理念は、いまもパナソニックグループが大切にしている考え方です。

 近ごろの「ニューノーマル」という言葉が象徴するように、いまの時代は創始者が理念を打ち出したころとはまるで環境が異なります。人々の思考や価値観もきわめて多様化してきました。「物心一如」の理念を推し進めるのも単純なことではなくなってきたのです。

 考え方が多様化するこの現代にあって、パナソニックはいかにして「物心一如」の理念を進めていくべきか。そう考えた結果、グループは2022年に七つの事業会社へと組織を改編しました。そしてその一つが、われわれパナソニック ハウジングソリューションズ株式会社なのです。わたしたちはくらしの中心である住まいにまつわる素材や技術、知識や経験などを提供し続け、SDGsにつながる持続性のある豊かな社会づくりに貢献します。

 複雑な世界情勢にあって、とりわけ住宅建設の分野では、木質資源のサプライチェーンをいかに確保するかが喫緊の大きな課題です。事実、2021年3月に端を発した第三次ウッドショックを経験しました。今後、木質資源の価格高騰や調達難はいよいよ激しくなることが予想されます。

 樹木の使用と過度な伐採は、二酸化炭素の吸収力の低下や地球温暖化などのほか、多くの負の影響を人類に及ぼします。ですから、限りある木質資源は循環利用しなければなりません。これは周知の事実でありますし、企業の社会的責任と言ってもいいでしょう。

 しかし、社会的責任を果たしても単純に収益が増えるわけではありませんから、企業にしてみればこれを進めるのはなかなかに難しい。グローバルな環境改善はきわめて長期にわたるプロジェクトですから、持続性が必須の条件となってきます。そこでわれわれは弊社の技術力によって木質資源の循環利用を実現し、それを商品価値のある産業プロジェクトへと転換することで、ひいてはグローバルな課題の解決にも取り組んでいるのです。

 

独自の循環利用技術で

新たな木質材を創り出す

―― 木材の不足やサプライチェーンの断絶、納品の遅滞やコストの削減など、近年の住宅建設業界を取り巻く状況は決して明るくはありません。加えて消費者のQOL向上に対する要求に応えるためとはいえ、住宅建設業界による木材の消費は、環境保護の観点から問題視されてもいます。こういった点に対して、御社はどのようなソリューションを提供できるのでしょうか。また、その技術面における優位性とは何ですか。

足立 世界的に見て住宅を構成する建築資材や設備は、木質材料、つまり木質ボードと切り離すことはできません。木質ボードの組成から見直して代替品を用意することができれば、いま挙げられたような問題点は解決します。そこで弊社はアブラヤシの循環利用を第一の目標として定めました。

(国立研究開発法人国際農林水産業研究センター提供)

 そのアブラヤシから生成されるパームオイルは大豆油、菜種油と並ぶ「三大植物油」の一つです。世界の生産量、消費量、そして国際貿易の規模においても最大の植物油で、洗剤から食用油までさまざまな物に使用されています。その原産地は主にインドネシアとマレーシアに集中しており、両国の供給量は世界全体の80%以上にも及びます。

 需要の拡大は止まるところを知らず、パームオイルの生産量もそれに従って増え続けています。マレーシアは全世界に向けて供給するために、アブラヤシ農園の面積を拡大し続け、それはしだいに森林や泥炭地にまで広がっていきましたが、法規制により、アブラヤシ農園に使える面積はまもなく限界に達します。

 アブラヤシの寿命は25年から30年で、その実を圧搾してパーム油を取ったあとは伐採したまま多くが放置されています。伐採されたアブラヤシの幹は再利用できない廃材となり、それを処理するコストは現地の人にとってはあまりにも高すぎるのです。

 しかし、それを放置したままにすると、農園の再利用を阻害するばかりか、地球温暖化の問題にも関わってきます。アブラヤシの幹には大量の水分と糖分が含まれており、腐敗していく過程でメタンガスを含む温室効果ガスを発生します。世界のメタンガス削減目標は年間7億トン(CO2換算)に設定されていますが、アブラヤシの幹の廃材から排出される温室効果ガスも年間約2億トン(CO2換算)と試算されています。

 そこで弊社は研究を進めて唯一無二の技術を開発し、世界で初めてアブラヤシ廃材の再生木質ボードを実現しました。それが「PALM LOOP」です。PALM LOOPは、木材に代わる新たな材料としてアブラヤシを生まれ変わらせます。新しい使い道さえあれば、パームオイルを搾り取ったあとのアブラヤシ古木もすぐに運搬整理されるようになるでしょう。つまり、地球温暖化の要因でもあるメタンガスの発生を抑制するだけでなく、持続可能な農園の利用、さらには新たな雇用創出にもつながっていくのです。このアブラヤシの再生ボード化技術は、目下のところ、世界初にして唯一無二のものです。

木質資源の循環利用で

未来にメリットを残す

―― なるほど、PALM LOOPは付加価値のきわめて高い新技術であり、そのメリットは持続性をもって続いていくということですね。では、御社はどれほどの時間をかけてPALM LOOPを研究開発されたのでしょうか。また、木材をPALM LOOPに置き換えることは、住宅建設業界全体にとって未曾有の大きな改革と見受けられますが、今後の発展戦略をよろしければお聞かせください。

足立 研究開発には4年かかりました。そう聞くと、ほとんどの人は「さすがパナソニック、素晴らしいスピードですね!」と驚きをもって賞賛してくれます。ですが、その裏に1400日以上にわたる大変な日々の苦労があったことは、現場の人間のみぞ知るです。

 アブラヤシの放置は目に見えてわかりやすい問題でありながら、きわめて長いあいだ解決をみることができませんでした。その最たる理由が再生利用の難しさにあったのです。過去にもこの問題に挑戦した企業や機関はありましたが、いずれも失敗に終わっています。その原因は主に二つあって、一つがまず技術的な扱いにくさ、そしてもう一つが廃材を活用して商業価値を持たせるという点での事業的な扱いにくさです。

 アブラヤシの幹は水分と糖分が非常に多く、不純物も多く含みます。そのため安定した品質の木質ボードへ再生することは困難でした。それを可能としたのがミドルウェア(中間材)技術です。農園から回収したアブラヤシの幹を粉砕し、特殊洗浄技術により糖分や不純物を除去します。その材料を繊維成分と粉体成分に分離し一定配合の圧縮体とすることで中間材を実現しました。中間材は商業価値も生み出します。アブラヤシ廃材の約8割は、インドネシア、マレーシアで排出されますが、木質ボード工場は世界で約1300工場あり、1つの工場を建てるのに数億ドルの投資がかかると言われます。大量の廃材を世界各国で使用するには、輸送性と保管性の向上、そして既存工場の設備をそのまま使えることが要件です。圧縮された中間材はシッピングコストも削減でき、既存工場で従来材料と同じように製造が可能となります。 

 世界が抱える木質資源の課題を解決していくには、木質ボードの構成から考え直す必要があります。内側の基材はグローバル規模の環境課題を解決するPALM LOOP、外観となる化粧面を未利用材で構成する木質ボードです。従来化粧材には、石油由来の樹脂シートやウォールナット・オークなどの希少木を薄くスライスした突板が使用されます。希少木は世界各国で獲り合いになり、価格高騰の誘発、更には昨今の国際情勢不安を鑑みると今後調達リスクが高まる懸念があります。林業にとっても、未利用材の放置や希少木乱獲は森林荒廃につながることになります。しかしながら、各国の未利用材の利用は簡単ではなく、文化による好みや要求性能の違いで、木の色柄・硬さ・伸縮など課題があります。そこでわたしたちは、国や地域ごとに異なる未利用材を特殊化学処理によって細胞レベルで改質する「木材改質技術」を進化させ続けていきます。グローバル規模の環境課題を解決するPALM LOOPと各国の木質資源課題を解決する「木質改質制御技術」を複合させることで、グローバル環境課題解決とローカリゼーションの共生を実現していきます。

 木質資源課題の持続的解決に向けては、家具や建材の産業界において、大量生産・大量廃棄脱却へ向け、補修・レンタルなどの循環利用で環境負荷を減らす取組みも実施し、農園や林産業における資源も循環させる自然界のサイクルも構築する、いわゆるサーキュラーエコノミーも重要です。今後わたしたちは寿命を終えて回収された廃棄物を再び中間材として利用する技術にも取り組んでいきます。一部は肥料としてアブラヤシ農園へ戻すことで、業界を超えた循環利用サイクルを実現していきます。 

どれほど理念が美しかろうと関連産業の持続的発展を生み出せないのでは、企業が地球環境の未来に向けて協力し持続的なグリーン産業を構築するのは難しいでしょう。そのためには、商業価値を生み出し、新たな雇用も創出していくことが必要です。PALM LOOPが産業を先導する技術になり、世界中の多くの関連企業が積極的に環境経営に参加してくれることを期待しています。

中国企業との連携で

ダブルカーボン目標を推進

―― 2020年、中国は「双碳(ダブルカーボン)」目標を発表しました。これは2030年までに炭素排出量をピークアウトさせ、2060年までにはカーボンニュートラルを実現しようというものです。持続的発展は、中国社会においてもすでに普遍的に認識されている重要な課題です。

足立 そうですね。2016年から2020年にかけて、ESG投資は世界的に見ても着実に伸びていますし、中国のESG市場における2019年から2021年にかけての成長速度は実に目を見張るものでした。

 思うに、住宅建設業界を含む各分野において、中国は非常に大きな影響力を持っています。今後ますます中国が主導、あるいは推進する事業が増えていくことでしょう。ですから、中国がグローバルな視野に立って環境の保護や改善に対していっそう力強い政策を採るならば、人類は持続可能な社会を実現できるでしょう。この点についてほとんど疑う余地はありません。

 さらに言えば、中国の企業家はESG経営を非常に強く意識していますし、それをリードしていく行動力をも兼ね備えています。2020年、わたしたちがPALM LOOPの技術を正式発表する前にも関わらず、中日両国の住宅建設業界に深く関わる大地コーポレーションの林暁明社長が断片的な情報を頼りにみずからパナソニックを訪れ、わたしたちの成果について熱心に耳を傾けられました。高い志をお持ちの林暁明社長は、パナソニックのグリーンファニチャーに対する取り組み、あるいは木質資源の循環利用を実現するという理念に対して、強い共感を示してくださいました。林暁明社長のご理解とご協力を得ることができたのは、わたしたちのPALM LOOPが中国市場における成功の第一歩を踏み出したと言えるのです。