伊藤 啓 長浜浪漫ビール株式会社代表取締役
100年後も喜ばれる ウイスキーで海外展開したい

長浜浪漫ビール株式会社は、1996年にクラフトビールの製造を始め、2016年に長濱蒸溜所を操業し、ウイスキーの蒸溜を開始した。新興の酒造メーカーであり、日本最小規模のウイスキー蒸溜所と言われる中、造り出される製品は、世界的なウイスキーのコンペティションにおいて部門最高賞を受賞するなど、世界から高く評価されている。先ごろ、長濱蒸溜所を訪れ、伊藤啓代表取締役に、ウイスキーの魅力、中国市場への期待と将来展望などについて伺った。

「一醸一樽」の方針で

独自のウイスキーを造る

―― 本年3月、世界的なウイスキーのコンペティションにおいて、御社のウイスキーが部門最高賞を受賞するなど、世界から高く評価されています。御社のウイスキーの特徴と強みについて教えてください。

伊藤 当社のウイスキーの特徴は、日本国内最小規模の設備で、蒸溜室は8坪(約27m2)しかなく、1回あたりのウイスキー生産量はおよそ200リットル程度で、バレル(ウイスキー樽の単位)にすると1樽分です。

一樽一樽に思いを込めて造ることを念頭に置いていますので、「一樽入魂」と言いますか、糖化と発酵、2度の蒸溜を経て200リットルのウイスキーを造り、一つの樽に詰めるという、ごまかしがきかない「一醸一樽(いちじょういちたる)」というポリシーでやっています。

また、大量生産ではないという点で、いろんな取り組みができます。通常の蒸溜所では、ノンピート(ピート[泥炭:ウイスキーの香りを特徴づける重要な材料]を全く使用しない)のウイスキーとピーテッド(ピートをふんだんに使用)のウイスキーを造るのですが、当社では、ビール用のモルト(麦芽)を使ったり、配合比率を変えたり、酵母も替えるなど、いろんな方法で造るので、その点が当社の強みと言えます。

開業してまだ6年足らずの新しい蒸溜所ですが、今回の最高賞受賞もそうした取り組みの中での一つの成果だと受け止めています。

それから、よく聞かれるのですが、施設の拡大はあまり考えていません。それよりも、他の蒸溜所がやっていない取り組みをどんどん広げて、独自のものを発展させたいという思いが強いです。

経年変化を楽しめるのが

ウイスキーの魅力

―― 1996年にクラフトビールの製造を開始し、20年後の2016年に長濱蒸溜所を操業し、ウイスキーの蒸溜を開始しました。ウイスキー造りを始めたきっかけは何ですか。ウイスキー造りのこだわりとウイスキーの魅力についてお聞かせください。

伊藤 2015年にスコットランドに行ったことが、ウイスキー造りのきっかけになりました。2010年代までスコットランドの法律では、小規模蒸溜所が認可されていませんでした。そうした中、トニー・リーマン・クラークという方が法律を変えるために動き、2013年に最初の小規模蒸溜所であるストラスアーン蒸溜所を設立しました。

実際に、すべて手作業という昔ながらの製法で、容量1000リットルのポットスチル(単式蒸溜器)でウイスキーを造っていました。それを見たときに、これならうちでもできると思い、2016年に彼を日本に招き、蒸溜設備を整え、いろいろと教えていただきながら、ウイスキー造りを始めました。

当社のウイスキーのこだわりは、1回の蒸溜から1樽しか造れないので、いろんな個性を持った樽を集めています。通常は、バーボン樽、シェリー樽、ミズナラ樽など、一般的なカスク(ウイスキー樽)が主流ですが、当社では60種類ほどの樽を所有しています。

いろんなシャトーのワインカスクや、シェリー樽、さらにはスコットランドのアイラ島から取り寄せたクォーターの小さいカスクも持っているのが当社の特徴です。

ウイスキーの魅力は、経年変化を楽しめる飲み物だということです。一般的なビールはフレッシュなうちに飲むのがおいしく、清酒や醸造酒は短期的に飲めるものもあれば熟成するものもありますが、ウイスキーは何といっても、最初透明だったものが3年後に色が付いてきて、30年経つと味わいがこんなにも変わるものかと楽しめるところが、ウイスキーの特徴であり、魅力だと思います。

業界発展のための

新たな試みに挑戦

―― 2022年5月に国内の3つの蒸溜所の原酒をブレンドしたウイスキーを販売すると発表がありましたが、どのような取り組みなのか、その目的と経緯について教えてください。

伊藤 近年、飛躍的な成長を遂げているウイスキーですが、本場スコットランドでは活発な原酒交換により、数々の個性的なブレンデッドウイスキーが誕生していて、1つの製品に対して何カ所もの蒸溜所原酒がブレンドされていることも珍しくはありません。

1カ所で造る原酒の幅には限りがあり、Aという蒸溜所が造ったものとBの蒸溜所のものとでは個性が全く違います。ウイスキーはもちろん単体でもおいしいのですが、ブレンドの妙というところがあるので、他の蒸溜所と原酒を交換して、それをベースにブレンドすれば、また違った味わいのウイスキーが生まれます。

今回、当社と若鶴酒造の三郎丸蒸留所(富山県砺波市)、江井ヶ嶋蒸溜所(兵庫県明石市)の三社は、日本のウイスキーが多様性を保ちながら業界全体で発展していくための新たな試みとして、それぞれの蒸溜所の原酒をベースに独自にブレンドした日本国内初のウイスキー造りに挑戦しました。

三社が造ったウイスキーは配合も違うし、味も違います。それぞれの個性が違うので、どういうウイスキーが出来上がるのかとても楽しみでした。今後、こうした試みがさらに広がっていけばいいと思っています。

中国のウイスキー市場に

大いに期待する

―― 近年、中国ではウイスキー市場が急成長しており、日本のウイスキーが大変な人気です。コロナ禍以前には、多くの中国人観光客が、お土産にジャパニーズウイスキーを購入していましたが、中国市場をどのように見ていますか。

伊藤 中国には上海に1回、深圳に2回行ったことがあります。シングルモルトで見ると、台湾エリアが圧倒的な購買量があり、アメリカ、フランスに次いで世界第3位です。

アジア全体で見たときに、ヨーロッパの方が一番大きなマーケットとして見ているのが中国で、中でも台湾エリアは主力と見られています。それは、人口当たりに対するシングルモルトの消費量が群を抜いているからです。

当社も現在、中国に出荷はしているのですが、中国本土にはいわゆる100%海外原酒が入った日本風のウイスキーが結構入っているので、日本の純正のウイスキーに比べて安価で価格差があり、販売に苦戦しているところです。

近年、ECで比較的簡単にできるようになりましたので、日本の美味しいウイスキーを購入していただけるよう取り組んでいます。いずれにしても、中国はとても大きな市場なので、今後、日本のウイスキー人気のさらなる高まりを期待し、大切にしていきたいと考えています。

100年後も喜ばれる

ウイスキー造りを目指して

―― 滋賀県びわ湖北部に位置する、日本最小規模のウイスキー蒸溜所と言われています。地方発の地ウイスキーとして、今後の展開や中国進出など、将来の夢をお聞かせください。

伊藤 日本一小さい蒸溜所ではありますが、夢は大きく、当社のウイスキーを100年後も日本のみならず中国、そして世界中のウイスキーファンに喜んで頂きたいという強い思いがあります。

近年のウイスキー人気と相まって、当社は2016年に操業しましたが、すさまじい数のウイスキー蒸溜所ができている現状の中、新興の蒸溜所の中では最初の方ですので、5年後の2027年には10年物、また12年物、ゆくゆくは30年物とかを飲む日が早くやってくるといいなと思いながら、日々ウイスキー造りに励んでいます。

一方で、現在、海外37カ国に輸出していますので、これからもっと中国、そして海外に、少しでも多くの方々に知っていただくような機会をつくっていきたいと考えています。

今年、ようやく海外出張ができそうなので、まずはフランスでの展示会への出展から始めて、海外とのきっかけづくりをしていきたいと思っています。