木田 久喜 株式会社木田屋商店事業統括責任者
中国企業とともにビジネスを展開することは有益

 

創業240年の歴史を持ち、スーパーマーケット業界から植物工場でのレタス生産・販売という異分野に参入し話題を呼んだ木田屋商店が、植物工場事業で中国に進出している。そこではリーフレタスやチンゲン菜、水菜、ホウレンソウがつくられ、深圳、広州、香港、マカオといった珠江デルタエリアに流通している。市場規模は3,600万人というから驚きだ。同社の木田久喜事業統括責任者に中国でのビジネス展開などについて伺った。(聞き手は本誌副編集長 原田繁)

 

海外市場のニーズに合わせた事業を展開

―― 御社は創業240年の歴史を持つ日本の老舗企業で、多角化のために手掛ける植物工場事業で中国に進出されました。御社の事業の特徴と強みについて教えてください。

木田 江戸時代から続いている米問屋としての歴史から考えれば240年、現状の食品スーパーとして50年以上の歴史がありますので、老舗企業としての責任は承継しつつも、アグリ(農業関連事業)部門に関しては、スタートアップとしての気質を持ち備え、新たな歴史を作り上げる覚悟で臨んでいるところです。

これまで食を中心とした事業を行ってきた中で、消費者が必要とする商品、価格、規格(サイズ)を見極めながら、収益を出せる技術開発を行えることが当社の強みだと考えています。

また、私自身が海外で生活をしていた経緯もあり、当初から海外展開を視野に入れて準備を進め、グローバルに日本の技術を広めることを目的として、アグリ事業をスタートさせました。

そうした意味で、海外の市場を的確に把握し、その国のニーズに合わせた事業展開を現地のパートナーに提案ができるということも、当社の強みかなと思っています。当然、中国においてもパートナー企業と、中国市場に合わせた商品開発を行っているところです。

 

 

ノウハウよりもノウフー

―― 御社は既に中国でビジネスを展開されていますが、中国に進出した経緯についてお話しいただけますか。また中国市場、消費者の動向をどのように見ていますか。

木田 中国は大きな市場ですから、以前から興味はありましたが、すぐにでも中国に進出したいという強い思いはありませんでした。シンガポールでFSやフードセーフティ(食品安全)関連の適正調査を行っていた中で、信頼のおける方から、現パートナーをご紹介いただきました。

そのパートナーとリモートでやり取りしているうちに、すぐに当社の福井県の植物工場にお越しいただき、設備を見て、中国でもこういう事業をやりたいという話になったのがきっかけです。

ノウハウがあっても、日本企業が海外で成功するのはとても難しいと思います。大企業でもない当社のような中小企業が海外で成功するには、ノウハウよりもノウフー[know who]、誰を知っているかということが非常に重要だと思っています。

日本以外の国でのビジネスを当社単独でやるのは困難だと感じていました。企業としての体力もそうですが、文化も違いますし、食に対する考え方も違います。現地適合化というマーケティングのサイドから考えたときに、やはり現地の市場や消費者動向を理解している現地のパートナーの存在は不可欠であると考えています。

 

 

中国企業とのビジネスを展開することは有益

―― 中国と日本は一衣帯水の隣国であり、お互いに主要な貿易相手国です。今後中国でどのようにビジネス展開をしていくのか、教えてください。

木田 現在のパートナー企業を初め、中国企業の方々と数年間お付き合いをさせていただいた経験の中で感じたことは、政府間での関係性もありますが、まずは民間レベルで価値観を共有できるか、理念を共有できるかという点が非常に重要なポイントだと思います。

日本の植物工場のノウハウをさらに確固たる産業にするためには、より多くの知見を得たり、技術の改善を行う上において、中国市場という非常に大きなマーケットは、とても魅力的です。

当社のパートナーは深圳の企業なのですが、深圳は若い方がとても多く、街を見ても、例えば、以前はなかったカフェができていて、エスプレッソを好んで飲んでいたりします。

お茶を飲む文化の中国において、深圳という街の特徴かもしれませんが、海外からの新たな文化も入りやすい中で、そうした食の多様化の面からも、サラダという食文化が今後中国で高まるのではないかと考えています。

ただ、食の安全性という点で、生の葉野菜をそのまま食べるという文化を根付かせるには、これまでの栽培方法では厳しいと感じており、無農薬で育て、商品の生産や流通過程が追跡できるトレーサビリティーを行っています。そして、水耕栽培ですので、土を一切使用していないため、農薬を使う必要もありません。

当社の深圳郊外にある工場では、外から中の栽培の様子が誰でも見られるように360度ガラス張りになっています。ガラス窓にすると熱管理が難しく、本当はやりたくないのですが、消費者の皆さんに栽培管理の状態を全てオープンにすることが現地適合化、並びに安心につながると考えており、多くの企業が視察に訪れています。

深圳に進出して実感するのは、環境監視技術、モニタリング技術、情報管理技術などが日本と比較しても全く遜色がないということです。植物工場にとって非常に重要な特殊なモニタリングシステムも問題なく構築できました。これには驚いています。日本企業がビジネスを発展させ、海外展開していくことを考えた場合、重要なパートナーとして、中国企業と一緒にビジネスを展開していくことは有益だと考えています。

 

―― そもそもなぜ植物工場を始められたのですか。

木田 240年続いてきた木田屋商店という企業を今後も発展させるために、これまでいろいろな多角化を図って来ました。私自身、その一環として、中国へのお米の輸出などを手掛けてきましたが、様々な企業の農業部門の方と話し合う中で試行錯誤した結果、日本の農業発展のために植物工場にたどり着きました。

近年、全国の自治体が地方創生の観点から企業誘致を図る中で、福井県が植物工場に特化した設備投資の補助金スキームをつくっていたので、当社が最初に手を挙げたのがきっかけです。

2013年4月に福井県小浜市で第1工場が竣工し、2018年に第2工場、そして2019年に静岡県富士市にあった植物工場を引き取る形で稼働を開始しました。今後、既存の農業と共存しつつ、異常気象等に影響を受けない形の栽培方法で、安定的に供給していくという意味において、食で生きてきた当社の新事業体として関わっていきたいと考えています。

 

 

新たな産業を創出し持続可能なビジネスに

―― 現在、SDGs(持続可能な開発目標)が国際社会共通の目標となっています。各企業がさまざまな取り組みをされていますが、御社は中国ビジネスを展開する上で、中国社会にどのような貢献ができるとお考えですか。

木田 SDGs――持続可能な社会を目指していくときに、パートナー企業と考えているのは、新たな産業を創出しながらも、持続可能なビジネスにしていくということです。

植物工場では、かなりの電気エネルギーを使います。ですから、工場では再生可能エネルギーを可能な限り使用することを考えています。もちろん中国では、火力発電をはじめ、エネルギーを生み出す方法はさまざまあると思いますが、太陽光パネルを植物工場に設置し、発電した電力を工場で同時に使いながら、蓄電池にも電力を蓄え、夜間にその電力を使って、継続して安定的に植物工場の事業に取り組んでいくことを考えています。

なぜ今、その取り組みをするのか、それはその先にもう一つのプランがあるからです。温暖化が進んでいるところほど、人口密集度も増えていくという試算が出ています。その様なエリアは水資源も少なく、農業を行いづらい環境にあります。そうすると食の確保が難しくなります。

日本や中国と比べて、水や電気のインフラが整備されていない国は世界中に数多く存在します。われわれの中国国内におけるSDGsの取り組み――テクノロジーが、今後はアフリカや東南アジアなど、貧困が進む海外のエリアにもつなげていけるのではないかと考えています。

 

 

中国企業とファミリーの関係性を築く

―― 中国の企業とパートナーを組まれていますが、中国人の印象はいかがですか。

木田 日本人はなるべく失敗しないように用意周到に準備をし、間違えないようにスタートします。ところが中国の方は、良いと思うと、とにかくスタートしますよね。まず動いてみて、進みながら改善していくのが中国式ですが、最初、このことにすごく戸惑いを感じました。

要は全ての準備が整うまで待っていたら、負けてしまうんですね。中国企業のやり方は、改善するポイントがありながらも、学ぶべきこともたくさんあります。日本の企業は海外で勝てないといわれることがありますが、中国企業がこれだけグローバルに席巻しているのも納得できる気がします。

事業を始める前、当社は零細企業なので、中国企業にノウハウを取られるのではないか、何か騙されるのではないかという怖さが正直ありました。しかし、お互いに腹を割って、情報を共有しながら、ファミリーのような関係性を築く中で、どのような困難に対しても、ともに乗り越えていくことができるのではないかと思うようになりました。一つ一つのエピソードを積み上げながら、強固な、本当に一つの企業として成り立っていくのかなと感じている次第です。