鑑古堂の古美術鑑定〈3〉
爵位の淵源となった古代の酒杯

中国の時代劇やテレビドラマで、古代の将軍や諸侯が華やかな宴席で、美女たちの舞を鑑賞しながら「爵(三脚の酒器)」を手に痛飲しているシーンをよく目にする。

今回はこの「爵」について取り上げてみたい。

まず「爵」とは、酒器のひとつで、今日の酒杯である。古代中国即ち2000年ほど昔の殷・周の時代から、酒器は陶製のものを除けば、ほぼすべてが青銅製であった。

そして、初期の頃の「爵」は、機能的には酒を注いだり温めたりする現代の徳利であり、夏、殷、周の時代にもてはやされた。

「爵」の一般的な形状は、前方に注ぎ口(流:りゅう)があり、反対側に尖った尾(び)が付いている。胴体部分が杯になっていて、片側には把手(鋬:ばん)が付いている。底の部分に三本の足が付いており、流の付け根には柱(ちゅう)がある。この形状は各時代の「爵」に共通している。

青銅製の「爵」は、宴席での酒杯以外に、祭祀にも使用された。酒を温めたり、神様にお供えする酒器として用いられた。

酒器には「爵」以外に「角」、「觚」、「觯」、「觥」などがある。「角」は、形状は「爵」に似ているが、前後に尾があり、二本の柱は無い。蓋付きのものもある。

「觚」と「觯」の違いであるが、「觚」は胴体が長く、口縁が大きい。口縁と底がラッパ状をしている。 「觯」は胴体が丸みを帯び、口縁が大きく足は円形で小瓶の形状をしていて、ほとんどが蓋付きである。また、「兕觥」の多くは酒を注ぐための酒器で、胴体は楕円形もしくは方形をしている。足の部分は円形或いは四足で、蓋の部分は獣の頭や象の頭をかたどっている。

「爵」などの酒器は、殷・周の時代から君主や王侯の酒席でよく見られ、酒杯として用いる以外に、皇帝が諸侯に分封する際、諸侯への恩賞として贈られた。派生して、後に爵位、官位と呼ばれるようになった。古代の酒杯が爵位の淵源なのである。

古代中国の爵位の階級序列は公爵,侯爵、伯爵、子爵、男爵であるが、全て世襲制であり、領土を国と称し、国内で統治権を行使した。

「爵」の基本知識について学んだところで、いま私が手にしている爵杯を手に入れるまでの経緯を紹介しよう。

2014年5月、香港で行われたクリスティーズのオークションに、ヨーロッパのコレクターのコレクションから1組の銅器が出品されていた。その中の爵杯と銅炉に目が留まり、熾烈なオークションに競り勝って銅炉を落札することができたのだが、一番欲しかった爵杯は落札できなかった。

翌日、友人である台湾人コレクターの呉さんに誘われて、マリオットホテルで昼食を共にした。前日のオークションの話題になり、呉さんは3532号の銅製の爵杯を落札したのだが、一番欲しかった銅炉を落札できなかったことを残念がっていた。

私は一番欲しかった爵杯は落札できず、呉さんが欲しがっていた銅炉を落札したのであった。

われわれは2つのオークション品を互いに競り合っていたことを知り、苦笑いするしかなかった。

最終的に双方の落札品を交換することで話がまとまり、お互いに意中の品を手にし、大満足であった。

再びこの爵杯をよく見てみると、殷・周時代の青銅製の爵杯ではなく、明時代の銅製の爵杯である。白金の糸や金片で獣面紋の象嵌細工が施された美しい逸品である。

この優美な爵杯に、さらなる高評価を願うものである。