8月7日、日本で上場している中国系企業20社が共同で発起し、日本華人上場企業協会が東京・銀座で設立された。来賓として招かれたウィメン・コーポレート・ディレクターズ・ファンデーション(WCD)日本支部共同幹事の斎藤聖美氏は、「女性ならではの視点が、今のビジネスに求められています。今後、多くの華人企業が上場を目指すなかで、女性人材の登用を通じて企業の多様性がさらに進むことを願っています」と力強く語った。
斎藤氏は、日本において女性起業家としていち早く「ガラスの天井」を打ち破った先駆者である。その歩みは、華やかな挑戦の歴史であると同時に、日本社会における女性の経済活動参加や企業経営への進出のモデルでもある。
女性の活躍がこれまで以上に期待される今、本誌編集部はジェイ・ボンド東短証券株式会社の創業者であり、バスケットボール女子日本リーグ(WJBL)会長も務めた斎藤聖美氏をお招きし、これまでの軌跡と志、そしてその「強さの源」に迫った。
―― 斎藤さんは、日本人女性としてハーバード・ビジネス・スクールで2番目にMBAを取得され、日本の女性経営者の草分け的存在として知られています。女性の社会進出がまだ一般的ではなかった時代に、どのようにキャリアを築いてこられたのでしょうか。
斎藤 最初から大きな理想を抱いていたわけではありません。学生時代は多くの女性と同じように、卒業して何年か働いたら結婚して、普通の人生を送るのだろうと思っていました。就職活動が私のキャリアの転機となりました。
当時の就職市場は、女性にとって非常に厳しいものでした。男性はすぐに内定をもらえるのに、女性にはほとんど選択肢がありませんでした。大学の掲示板に貼られた求人票の中で、女性の求人票はたった二枚しかありませんでした。一つは「英文学科卒で英語ができる人」、もう一つは「容姿端麗」というものでした。
私はジャーナリストになりたくて、履歴書を手に新聞社を回りましたが、「女性記者は採用していません」と断られ続けました。唯一、女性を募集していたのは『日本経済新聞』でした。倍率3千倍を突破して採用を勝ち取ったものの、希望していた編集部には就けず、配属されたのはコンピューターシステム部門でした。
女性は能力があっても希望の進路に進むことはできないという現実を知り、チャンスを待つのではなく、自分の力で道を切り拓こうと決意したのです。ハーバード大学への留学、外資系金融企業への就職、そして起業――これらはすべて、最初から思い描いていたものではなく、その時にできることをやってきただけです。
―― 起業や社会活動において、女性であることが障壁になったことも多いと思います。一方で、女性であることが強みになったことはありましたか。
斎藤 確かに女性であることで多くの制約はありましたが、当時の社会構造そのものがそうでしたので、現実を受け入れながら、打開策を模索するしかありませんでした。
起業したばかりの頃のことは今でもよく覚えています。まず銀行で会社の口座を開こうとしたのですが、担当の男性に最初に言われたのが「あなたはまだ若いのだから、会社なんて作ろうと思わず、結婚を考えなさい」という言葉でした。彼に悪意はなかったと思います。それが当時の社会通念でした。
また、商談の席では、先方から恐る恐る「出資者の方はどなたですか?」と聞かれたものです。女性が独立して会社を経営できるはずがない。裏には必ず夫か愛人、あるいはもっとよからぬ関係者がいるはずだと考えられていたのです。
しかし、デメリットばかりでなく、女性であることがチャンスにつながったことも多かったように思います。当時、女性の経営者は少なかったため、先方が覚えていてくれて、私の努力を見て応援してくださる方も多く、創業までのプロセスにおいても、多くの方に助けていただきました。
今振り返ると、多くの方の支えがあって、ここまでやってくることができたと感じています。
―― 近年、日本では「女性活躍」を掲げた政策が進められ、女性の社会参画が進んでいます。しかし、その多くは労働力不足への対応という側面が強く、真の男女平等にはまだ課題が残るとも指摘されています。女性が社会で真に力を発揮するために、どのような支援や政策が必要だとお考えですか。
斎藤 制度面では、確かに大きく前進したと思います。産休や育児休暇等の制度も徐々に整備され、企業も女性管理職の登用を目標に掲げています。しかし、それらの多くは形だけで、女性が真に活躍できる環境にはまだ程遠いのが実情です。多くの企業は、女性の雇用を増やすと言いつつ、実際には女性が力を発揮できるポジションやチャンスは十分に与えられていません。大企業における女性管理職は今なおごく少数で、女性役員といっても多くは社外取締役などです。
日本は、働く女性に対する社会的サポートが欠如していると感じています。中国や東南アジアのように家事代行サービスが普及していれば、家庭での負担を軽減できますが、日本人は外部に家事や育児を頼ることへの抵抗感が強く、「子どもや家のことは母親がやるべき」という固定観念があります。そのため、多くの女性は結婚や出産を機に仕事を中断せざるを得ず、一旦離職すると元のキャリアに戻るのは非常に難しくなっています。「家事は女性が担うべき」という考え方を改めない限り、女性活躍は単なるスローガンに終わってしまうでしょう。
―― 企業経営の傍ら、著作活動やバスケットボール女子日本リーグ会長としての社会貢献など、幅広い分野で活躍されています。多忙なスケジュールの中で、どのようにバランスを取ってこられたのでしょうか。
斎藤 よく「どうやって両立しているのですか」と聞かれるのですが、実は綿密に計画しているわけではありません。私がさまざまな活動を続けてこられたのは、人とのつながりがあったからです。
私が関わってきた仕事の多くは、自分から手を挙げたものではなく、人から声をかけていただいたのがきっかけでした。バスケットボール女子日本リーグの会長も、特にスポーツ界とのつながりがあったわけではなく、当時の責任者の仲間の方から「あなたならできる」と推薦されたからです。
仲間の信頼に応えたいとの思いが、私の原動力になっています。期待してくれた人の気持ちを裏切りたくない、その思いが常に私を動かしてきたのだと思います。
―― 近年、日本でも女性の起業家やリーダーが増えています。金融、テクノロジー、文化など、さまざまな分野で活躍する中国出身の女性も増えています。挑戦を続ける彼女たちに、どのようなアドバイスを贈りたいですか。
斎藤 ニューヨーク駐在時代、いかに大変かを私自身経験しましたので、異国の地で必死に闘っている女性たちを、私は心から尊敬します。特に中国出身の起業家の皆さんが、言葉や文化、人脈、制度などいくつもの障壁を乗り越えて、自らの道を切り拓こうと挑戦している姿は素晴らしいと思います。
中国人女性には、二つの大きな特性があると考えます。一つは旺盛な行動力、もう一つは常に成長しようとする強い意志です。彼女たちは迷うよりもまず行動し、学びながら成長していきます。この特性がまさに起業家に向いていて、チャンスをものにできるのではないかと思います。
ただひとつ、「何でも一人で抱え込まないで」とアドバイスを贈りたいと思います。優秀な女性ほど、他に頼らず、すべてを自分ひとりでやろうとします。しかし、それでは事業の拡大は望めませんし、可能性も潰してしまいます。一人で頑張るのではなく、信頼関係を築くことが成功のカギだと思います。私自身、若い頃、「もっと人に甘えなさい」と言われたことがあります。特に女性は、ためらわずに人に甘えて欲しいと思います。人は同情からではなく、信頼と尊敬から手を差し伸べてくれるのです。人と協力できる人にこそ、より大きな責任が託されるのです。どうかこれからも大胆に挑戦を続けてください。ただ、ビジネスは一人でできるものではありません。仲間こそ、最も貴重な資産であるということを忘れないでください。
ゲーテは『ファウスト』の結びにこう記している――「永遠に女性的なるものが、われらを高みへと導く(Das Ewig-Weibliche zieht uns hinan)」と。時代のうねりの中で、女性の役割は常に変化し、新たな課題が次々と現れる。だからこそ、女性には前へ進む勇気だけでなく、指針となるロールモデルや、信頼できるリーダーの存在が必要だ。斎藤聖美氏こそまさに、後進に道を拓く人である。ここに心からの敬意と感謝を捧げたい。
トップニュース
![]() |
2025/7/25 |
|
![]() |
2025/6/23 |
|
![]() |
2025/6/22 |
|
![]() |
2025/6/11 |
|
![]() |
2025/6/3 |
|
![]() |
2025/5/27 |