広西壮族自治区の東端の梧州市は、桂江と郁江の合流点になっており、町は桂江をはさんで二分されている。
港の発達していない広西では、この梧州が輸出港として大きな役割を果しており、中国国内の広州、上海などの船運をはじめ、香港、東南アジアヘの輸出も、ここを起点にしている。将来は、海岸の北海市に港の基地が設けられるようで、目下その工事が進行中である。
梧州市の後背地は、遠く桂林へ続く山地で、古くから瑶族の生活圏となっている。梧州の町を出ると、たちまち鬱蒼たる樹木の道になり、流れる桂江は青く透明である。一方、郁江の流れを見ると、大雨の後のように黄褐色の流れである。これは、梧州から桂平、南寧に続く広西南部地帯は、樹木らしい樹木の育っていない山野が多く、ちょっとした雨でも表土が流れ出て、川という川は、すべて濁流となってしまうからである。
この清濁相接する所が梧州の町で、ちょっと高い所に登って見ると、郁江の濁りと桂江の透明さとが、梧州の町から平行して、延々と下流へ続いているのが見える。どこまで続くか確認はしないが、この川の流れは中国の林野の姿を反映したもので、開発の続く山林地帯と、開発の進まない山林地帯を示す色別反応である。また、この現象は、漢族地帯と山地民族地帯を示す色でもあり、大変興味のもてる現象である。
梧州から北方山地を、直線距離にすれば三〇キロ足らず、山坂を上り下りして行けば四〇~五〇キロにもなろうか、二時間ほどで「六堡郷」に着く。広西の二大名茶の一つ、「六堡茶」の産地である。直径二キロ余の盆地に水田を中心にして、周囲の山地が茶畑になっている。
六堡郷の人たちは、「明代に私たちの祖先が、この地に住みついた」といっているが、その昔は、山地民族の居住地であったのではないかと思う。それは、梧州の町から距離的には三十キロ程度であるが、山また山で、山を得意としない漢族がはじめて開拓したとは思えないからである。地方誌などでは、この辺り一面に、瑶族が住んでいたように記されているが、六堡郷については詳らかでない。
六堡茶が広く知られるのは、基本的には緑茶の製造ではあるが、最後には「黒茶」になっているからで、特徴は、黒茶としての扱いになっているところである。
黒茶は、中国茶の製品の分類から見る区分で、緑茶、紅茶、黄茶、青茶、白茶、そして黒茶の六分類の一つであり、日本に出回っている中国茶では、「普洱茶」がそれである。近年日本では健康茶として、「やせるお茶」と呼ばれるほどに関心の高まっている茶である。
関心の高まりに比べて、製茶法などに不明瞭な部分もあり、さらに、この黒茶の特徴たる「カビ臭さ」が消費者に一抹の不安感をいだかせているようである。
このカビ臭さは、有益な「麹菌」が製造途中に繁殖するためで、そのカビのもつ臭いに他ならない。この麹菌は、脂肪分解酵素リパーゼ、及び渋味の分解酵素タンナーゼを持っており、この両酵素の働きと茶本来の成分の働きなどが複雑に作用して、私たちの体に”ゃせる“ という効用を認めさせているようである。
六堡茶の製造は、一般緑茶製造と変らず、釜炒りから始まる。そして、揉捻、乾燥で、この工程の途中で、有益な麹菌の繁殖を助長する。この工程は、中国でも企業秘密の部類に入るようで、一般には公開されていない。この点で、日本人の中には、この黒茶類、例えば普洱茶や六堡茶に不安感を持たざるを得ないことになっているのである。
さらに、この黒茶類には、もう一つ大きな特徴があって、それは「熟成」の工程があるということである。したがって、日本茶のような新鮮さは全く望めないが、反対に古くなっても劣化の気づかいがなく、むしろ、古くなるほど茶の価値は上がる、ということになる。お茶の扱いからみて、大変気楽に扱える茶類である。
急須に入たれたまま注ぎ忘れていて、真黒になっても、「渋くて飲めない」ということはない。
急須に入れたまま、一週間ぐらいは何の変化もなく、ましてや、「宵越しの茶」の心配はさらさらない。古くなればなるほどに、茶の質は向上するという。日本茶とは、全く反対の性質をもっているのが、この黒茶類の最大の長所である。
この長所をいかせば、学校給食用に供給することもできるし、ハイキングやピクニック用として水筒などに入れて持参するにも、最適のお茶といえる。
この長所は、黒茶類の製造工程にある麹菌の繁殖と熟成により、それは、できるだけ恒温、恒湿に保ちながら熟成を待つ、いわば、自然まかせ、お天気まかせということになっている。
六堡茶は、この自然まかせを人工的に統御しようということで、梧州の製茶工場では隣りの山の山腹に横穴を掘り、地下の恒温、恒湿を利用している。こうした、自然の一定条件を利用しているため、製造時間の短縮と、均一の製品ができ、短期間に「黒茶」の文字どおり、真黒の茶に仕上げることができる。これが正真正銘の黒茶であり、黒茶の代表的なスタイルといえる。
二、三年前から、この六堡茶を日本にも広めようということで、東京は日本橋にある、株式会社喜誠が全国販売に着手しており、烏龍茶、普洱茶に次ぐ茶として、六堡茶の普及に努めている。食の多様化に合わせて、茶にも多様化が求められるのは当然で、六堡茶の長所をいかして、お茶の楽しみとその効果を、さらに高めてもらいたいものである。(松下智『中国名茶の旅』、株式会社淡交社、1988年より抜粋)(著者は元愛知大学教授、豊茗会会長)
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