祁門紅茶の産地は、山紫水明の中国安徽省南部・祁門県である。世界三大高香紅茶の一つに数えられ、中国十大名茶の中で唯一の紅茶として知られる。なかでも、伝統的な祁門工夫紅茶は、中国工夫紅茶を代表する存在だ。初製四工程、精製十三工程という複雑で精緻な製茶工程は、代々の祁門の製茶師が培ってきた経験と知恵の結晶である。ところが、問題はまさにこの精緻な製茶技術にあった。祁門工夫紅茶は、その精緻さゆえに、かえって一部の茶愛好家から誤解されることさえあるという。いったいどういうことなのだろう。
上質な祁門工夫紅茶は、初抖、分篩、打袋、毛抖、毛撩、淨抖、淨撩、挫脚、風選、飄篩、撼篩など数多くの工程を経て精製され、茶葉は繊細で細く硬く締まっている。ところが、事情を知らない一部の消費者は、祁門工夫紅茶を一見し、ジャスミン茶に混じる細かい茶葉や粉末、三角片などを連想し、グレードの低いお茶だと誤解している。彼らは緑茶や花茶、烏龍茶を基準に祁門工夫紅茶を評価し、茶葉が細かすぎると感じるのである。祁門工夫紅茶は百年以上にわたって海外輸出用に生産されてきたため、国内市場でこうした誤解が生じるのも無理はない。しかし、問題はいつか解決しなければならない。そこで、祁門紅茶の製茶師たちは工夫紅茶とは別に、見栄えの良い茶葉の製茶体系を新たに打ち立てた。その代表的な品種が「祁紅香螺」である。
実は、祁門の製茶師たちによる製茶技術の探求は、すでに1990年代初頭から始まっていた。筆者の友人である陸国富氏は、祁紅初の省級無形文化遺産伝承者の代表的人物である。1980年代初頭、氏は学校を卒業すると、祁門茶工場に技術員として配属になり、以来、祁門紅茶に携ってきた。陸氏は、祁門茶工場が最も栄えていた時代を経験し、この半世紀近く、祁門紅茶の栄枯盛衰を目の当たりにしてきた、祁門紅茶の生きた教材ともいうべき人物である。陸氏と筆者の記憶によれば、1991年、内モンゴルのある業者が茶葉の特注に訪れた。彼は北方地域で祁門工夫紅茶を販売していたが、多くの人から「茶葉が細かすぎる」と敬遠されたという。そこで彼は、より茶葉の形状が整った祁門紅茶を作ってもらえないかと考えたのだ。この要望を受け、祁門茶工場は発酵を終えた茶葉を乾燥させた後、成形と分別を行い、新しい祁門紅茶を生み出した。茶葉は引き締まり、黒々として艶があり、先端は尖り、均一であった。緊密に細かく巻かれた外観から、「金鈎」、「銀鈎」と名付けられ、2005年以降、民間の小規模製茶工場でも相次ぎ生産されるようになった。当時すでに「黄山毛峰」という緑茶が有名であったため、祁門の製茶師たちは、この新しい祁門紅茶を消費者に覚えてもらえるよう、茶名を「祁紅毛峰」と改めた。こうして、安徽南部では、緑茶の「黄山毛峰」と紅茶の「祁紅毛峰」の二つの「毛峰」を擁することとなった。
「祁紅毛峰」が市場で好評を博したことで、祁門の製茶師たちは自信を深めた。そして1997年、祁門茶葉研究所が新たな動きを見せた。祁門茶葉研究所は県レベルの茶葉研究所であるが、侮ることはできない。当研究所は、中国茶産業の現代化に大きく寄与してきた。1915年に設立され、110年の歴史を誇る由緒ある機関である。1990年代末期、当研究所のスタッフが、碧螺春に着想を得て祁紅香螺を生み出した。
祁紅香螺の製造法は、伝統的な工夫紅茶とは大きく異なる。生葉を発酵させた後、乾燥させることなく、直接鍋の中で成形を行う。具体的には、発酵を終えた茶葉を鍋に投入し、絶えず投げては広げ、ほぐしながら水分を飛ばしていく。この過程で葉の温度が上がり、酵素の働きが止まって発酵が終了する。その後もかき混ぜながら炒り続けると、葉の大部分が黒くなる。柔らかく粘りが出て、香りが立ち始めた頃、茶葉の乾燥度が約3~5割に達した時点で成形に入る。
製茶師は両手で一握りの茶葉を取って揉み、時計回りまたは反時計回りのいずれか一定方向に力を込めて丸める。その後、茶葉を鍋に均等に広げ、全ての茶葉が揉まれるようにこの工程を繰り返す。揉み終えた茶葉は引き締まり、細かくカールし、若芽(通常は淡黄緑色)がはっきりと現れる。この若芽の露出こそが、製品の「金毫(金色の細く尖った毛)」を際立たせるカギとなる。茶葉が6~7割乾燥すると、揉み上げた茶葉の団子は崩れなくなる。この状態で団子ごと鍋に入れて成形しながら、さらにしっかりと揉み込む。この段階は「金毫」を際立たせ、形を完成させる上で重要な工程であり、先ほどよりも強く揉む必要がある。茶葉はある程度乾いているものの、まだ柔らかさを保っており、揉むことで金毫が表れやすく、形も決まりやすい上に壊れにくくなる。茶葉が8割ほど乾燥し、鍋の温度が約60℃まで下がったら、大きめの茶葉を取り出し、軽く揉んで団子状にする。この際、茶葉が砕けないよう、力を入れすぎない注意が必要である。葉同士が適度に擦れ合うことで、金毫がよりはっきりと現れる。この時点で鍋から取り出す。成形の工程には40~50分を要する。
茶葉は成形の工程で8~9割乾燥し、最後に「提香機(香りを引き立てる乾燥機)」を用いて完全に乾かす。成形が終わった茶葉を30~60分広げて冷まし、その後、提香機の丸網トレイの上に茶葉を厚さ2~3センチに均一に広げる。次に、この丸網トレイを提香機にセットし、茶葉の乾燥度合いを見ながら、温度を90°~100℃に設定する。
祁紅香螺は、外観が美しく、茶湯の色は鮮やかで、花のような香りが際立ち、甘くまろやかな味わいで、国内市場で高い評価を受けている。なかでも高級品は、茶葉が細く締まり、巻かれた形状で、黒く艶があり金毫が美しく際立っている。家庭で楽しむ際は、150ml前後の急須を用い、茶葉と湯の比率は1:100で淹れる。茶湯は鮮やかなオレンジ色で、香りは甘く濃厚、味わいは爽やかでコクがある。まさに上質な紅茶である。ジャスミン茶で香り付けをすれば、また違った趣が楽しめる。香り高く甘みが広がる「祁門ジャスミン香螺」は、近年、北方の消費者の間で特に人気が高い。
祁紅毛峰も祁紅香螺も、創作祁門紅茶である。では、この二種は伝統的な祁門工夫紅茶と何が異なるのだろうか。それは製茶工程の多寡である。ここでいう「多」は、外観に対する配慮である。祁紅毛峰も祁紅香螺も、茶葉の形状が美しく整っており、国内消費者の好みに合致している。一方の「少」は、精製工程の簡略化を指す。祁紅毛峰は、乾燥後に簡単な成形を施すだけで完成する。祁紅香螺は成形工程が追加されているものの、最後は細かい茶葉や粉末を簡単に取り除くだけで仕上がる。これに対し、祁紅工夫の精製工程はそう簡単ではない。成形だけでなく、乾燥工程も加わり、それぞれが紅茶の香りと味わいに大きく影響する。そのため、祁紅工夫は、香りがより濃厚で豊かである。祁紅毛峰は、爽やかな甘さとフルーティーな香りが特徴で、香りの傾向としては工夫紅茶に近い。一方、祁紅香螺は、鮮やかで若々しく、蜜のような甘い香りがよりはっきりと感じられる。
現在、祁紅毛峰と祁紅香螺はいずれも、安徽省地方標準『地理的表示製品 祁門紅茶』DB34/T 1086-2009に登録されている。言い換えれば、これら二つの創作紅茶は「祁門紅茶」として認められているのである。祁紅毛峰も祁紅香螺も、「中国名茶」の名に恥じない逸品と言える。
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