2024年末、中国語圏のネットニュースに、「コーセーが撤退?」「コーセーのショップが次々と閉店」などの記事が躍った。コーセーが1988年に中国市場に進出して以来、希に見る状況だ。中国では多くの家庭が2世代、3世代にわたってコーセーの商品を愛用しており、ネット上は「本当なのか?」「コーセーに何かあったのか?」などの声が溢れた。
真相を探るべく、1月23日、東京・日本橋のコーセー本社を訪ね、小林一俊社長に話をうかがった。氏は創業家4代目の社長であり、祖父はコーセー創業者の小林孝三郎氏である。
―― 近年、コーセーの革新的商品が注目を集めています。コスメデコルテの美容液「リポソーム アドバンスト リペアセラム」は発売以来、全国の百貨店におけるスキンケア商品の売上ランキングで常にトップクラスを維持し、リニューアルし新たに発売された「薬用雪肌精 ブライトニング エッセンス ローション」は、日本で初めて「美白」と「肌あれ防止」のW効能を取得した 、コーセー独自の“甘草由来有効成分“を配合しています。ほかにも2024年にはiPS細胞を用いた美容商品提供の実証実験も開始するなど数々のイノベーティブな商品を世に送り出しました。これらの成功には、研究開発と生産システムのどちらの要因が大きく関わっているのでしょうか。
小林 コーセーは創業以来、研究開発への投資と生産システムの改善に力を入れてきました。このふたつの基本となる考え方は創業当初に確立されたもので、われわれは常に新しいことに挑戦し、日本初など業界をリードする数多くの商品を発売してきました。1980年には、化粧品業界で初めてデミング賞(総合的品質管理に関する世界最高ランクの賞)を受賞しました。
また、コーセーの研究開発と生産システムは中日の化粧品業界の交流・発展にも寄与してきました。1980年代に埼玉県狭山市に3万坪を超える大規模工場を建設し、1988年には、杭州市に日本の化粧品メーカー初となる生産拠点をつくりました。そのことが契機となり、その後、狭山市と中国の杭州市は友好都市提携を結ぶ運びになりました。
現在、富士山麓に位置する山梨県南アルプス市に、インテリジェント化されたサステナブルな最新の工場を建設中で、2026年の稼働を予定しています。国内外で増大する市場ニーズに応えるだけでなく、持続可能な発展を目指し、「グリーンインフラ」による雨水管理や、排水の再利用による節水、日本一日照時間の長い地域の特徴を生かした太陽光発電など、環境へ配慮した設計を随所に取り入れ、企業の社会的責任を果たしていきます。祖父からは「コーセーの歴史は工場の歴史だ」と教え込まれてきました。この理念は今もなお貫かれています。
コーセーはパーソナライズ化粧品の分野にも、積極的に取り組んでいます。2023年と2024年の中国国際輸入博覧会(CIIE)では、パーソナライズスキンケア製品をアピールさせていただき、iPS細胞を用いた美容商品は2024年からその提供の実証実験がはじまりました。2026年の事業化に向け手応えを感じています。嬉しいことに、この美容商品に関わるサービスはCIIEにおいて注目を集め、「最も注目される新製品ランキング」で11位にはいりました。実は、iPS細胞研究の第一人者である山中伸弥教授の米グラッドストーン研究所の研究室に、2022年から研究員を派遣し「若返り研究」を積極的に推進しています。
長年にわたって、コーセーは中国市場と密接な関係を築いてきました。1988年には杭州孔鳳春化粧品廠と合弁会社を設立しました。また、希望小学校を寄贈するなど、両国の文化交流や社会発展にささやかながら貢献してきました。2009年には、日本の化粧品会社では、いち早く中国のEC市場に進出しました。
コーセーの四代目の経営者として、中国市場開拓の歴史を誇りに思っています。これからも、中日のイノベーション協力を一層強化し、先進的技術と高品質な製品を中国の消費者に届けていきたいと考えています。
―― 御社が中国市場に進出して40年近くになりますが、ここ数カ月の間に、「コーセーが中国市場から撤退する」という噂がネット上で広がっています。撤退は公式には発表されておらず、一部の店舗スタッフが顧客に伝えた情報が発端のようですが、どのような背景があったのでしょうか。
小林 正直なところ、私自身もこの噂を初めて耳にしたときは非常に驚きました。しかし、ここではっきりと申し上げます。これは完全な誤解であり、コーセーが中国市場から撤退することはありません。むしろ、中国市場はわれわれにとって極めて重要な市場です。
近年、中国の市場は急速に変化しており、われわれは市場の動向や消費者のニーズに応じて戦略を調整し、販売チャネルを最適化しながら、ブランドイメージと経営効率をさらに向上させる取り組みを進めています。今回の誤解が生じた背景には、2024年4月に中国現地品を中心に展開していたEC旗艦店の閉鎖に加えて、一部の収益性が低い百貨店カウンターを整理・縮小したのを「撤退」と捉えられてしまったようです。
また、われわれがバイヤー等の代理購買を通じて急速に販売網を拡大してきたことで、ブランドイメージを毀損してしまったという思いもあります。特に高級ブランドにとって、消費者との直接的な信頼関係の構築や、体験型サービスの提供は極めて重要です。そのため、現在、こうした点を見直し積極的な改革を進めています。
例えば、中国市場で人気の中価格帯のスキンケア商品「雪肌精」は、消費者の手に取ってもらいやすいように、販売チャネルを百貨店から化粧品専門店に徐々に移行しています。こうした時代の変化にあわせて流通チャネルを柔軟に変化させていく戦略は、日本市場ですでに成果を上げています。
さらに、DECORTÉブランドの拡充にも注力しており、「AQ」や「AQ MELIORITY」といったトップラインの展開を強化し、中国の高級ブランド百貨店などに、より大きく、より洗練されたコスメカウンターを設け、体験価値を通した販売を考えています。
コーセーは中国市場からの撤退を考えたことはありません。むしろ、中国市場への投資を一層強化し、販売チャネルの最適化を図りながら、ブランドイメージを向上させ、中国の消費者により良いサービスを提供することを目指しています。これは私たちの長期的なコミットメントであり、中国市場に対する信頼の証でもあります。
―― 御社の挑戦に期待しています。雪肌精についてですが、中国消費者が抱いている疑問があります。「中国で販売されているものと日本で販売されているものは成分が異なるのではないか」という点です。これは事実でしょうか。また、なぜこのような認識が生まれたと思われますか。
小林 まず、はっきり申し上げたいのは、中国で販売されている雪肌精と日本で販売されている雪肌精の成分は全く同じだということです。消費者の皆様には、どうかご安心いただきたいと思います。現在、雪肌精は天猫(Tmall)や京東(JD)などのECプラットフォームでも通常通り販売されています。今後は、リニューアルした「薬用雪肌精 ブライトニング エッセンス ローション」も中国で発売予定です。この商品はすでに日本市場で非常に高い評価を得ており、美容雑誌などでもベストコスメを数々獲得しています。
では、なぜこのような誤解が生まれたのか。過去に非正規品が出回ったことが主な原因と考えられます。
また、われわれは過去のプロモーション方法についても見直しを行っています。コーセーは一貫して成分とそのエビデンスを重視してきましたが、これまでは保守的になりすぎて、成分の効能や科学的エビデンスを十分に消費者に伝えきれていなかったのではないかという反省があります。特に中国の消費者は、成分や効果に対する関心が非常に高い傾向にあります。より詳細なデータ調査やエビデンスを通して、訴求成分を明確にし、中国の消費者に響くようなアピールポイントをもっと伝えていきたいと考えています。
―― 「コーセーが中国市場から撤退する」という情報については、誤報であったことが分かりました。しかし、近年、多くの日本の化粧品ブランドが相次ぎ中国市場から撤退しているのも事実です。日本化粧品工業会の副会長として、この現象をどう分析されていますか。その主な原因は何でしょうか。
小林 まず第一に、中国化粧品市場の急速な成長と発展による市場競争の激化が主な原因だと思います。中国経済の発展に伴い、消費者のニーズはますます多様化し、輸入品だからという理由で選ぶのではなく、自分に合っているかどうかをより重視するようになっています。また、市場の拡大に伴い、多くのブランドが参入した結果、戦略の見直しや適応が遅れた企業は、市場での立ち位置を維持するのが難しくなっているのです。
われわれもそうですが、日本の化粧品メーカーは当初、日本の消費者向けに開発された商品をそのまま中国市場に持ち込んでいました。つまり、「日本製」「日本で人気」というブランドイメージに頼りすぎて、成分、効果など中国の消費者の繊細なニーズへの対応を疎かにしていたのです。
さらに、中国国内の化粧品メーカーの急成長も大きな要因の一つです。彼らは、より低コストで高品質な製品を提供できるだけでなく、中国の消費者のニーズを正確に把握し、マーケティング戦略も市場に密着したものを展開しています。外資ブランドにとっては、厳しい環境になっています。
しかし、こうした市場の変化や競争の激化は、決してマイナス面だけではありません。むしろ、中国の化粧品市場が発展しているということであり、われわれにとっても、中国市場をより深く理解し、商品やマーケティング戦略を最適化するための貴重なチャンスでもあります。
―― 御社は中国市場に進出して以来、積極的に公益活動を行ってこられました。小林社長ご自身も頻繁に中日間を行き来され、中国の発展を目の当たりにされ、さらにはその一端を担ってこられました。特に印象に残った出来事はありますか。
小林 コーセーは1991年に、「美しい知恵 人へ、地球へ。」を企業メッセージとして掲げました。これは環境や社会的責任に対する取り組みであるだけでなく、われわれの行動を導く重要な指針となっています。中国においても、コーセーはさまざまな社会福祉活動を展開してきました。2024年までに、NPO法人GreenLifeに累計120万元を寄付しました。また、11万本以上を植林し緑化面積は528haを超えます。私は、美と知恵は、人と自然の調和の中に反映されるべきものと信じています。
数ある社会貢献活動の中で、私が最も心打たれたのは、コロナ禍に武漢の医療機関を支援した時のことです。われわれは医療従事者の皆さんに、スキンケア製品を寄贈することを決めましたが、社内には「この状況で化粧品が本当に必要とされるのか」という懸念の声もありました。しかし、予想に反し、寄贈後には多くの医療従事者の方々から感謝と喜びの声をいただきました。彼女たちは、「過酷な勤務環境の中で、保湿マスク一枚がひとときの安らぎをもたらし、気持ちをリフレッシュさせてくれた」と語ってくれました。その言葉を聞いて、私たちの化粧品は単なる美容製品ではなく、心の支えにもなり得ることを改めて実感しました。この経験は、コーセーの使命を再認識する貴重な機会となりました。
また、中国の驚異的な発展スピードにも深い感銘を受けています。たとえば海南省では、免税ビジネスが急速に拡大し、計画から実現までが驚くほどの速さで進められているのを目の当たりにしました。また、杭州では、中国企業の技術革新とビジネスモデルの先進性を肌で感じることができました。中国市場は無限の可能性を秘めており、中国の消費者はわれわれの想像以上に、高品質な製品への期待が高いと実感しています。中国の消費者に信頼できる製品を提供できることは大きな喜びであり、われわれの責務でもあると思っています。
―― 御社は、日本の三大化粧品メーカーの中でも最も若い企業ですが、明年、2026年に創業80周年を迎えます。この重要な節目に、どのような戦略を描いておられますか。
小林 80周年はコーセーにとって、単なる節目ではなく、グローバル市場を見据えたブランド戦略を見直す重要なタイミングだと思っています。近年、われわれは、単に日本市場で成功した製品を海外に展開するだけでは、ますます多様化する消費者のニーズに対応できないことを痛感しています。特に中国市場では、ブランドのローカライズ、パーソナライズされた体験、成分の透明性に対する消費者の要求がこれまで以上に高まっています。そのため、われわれは、中華圏の消費者に根付き喜ばれるブランドを構築し、それを基盤としたグローバルな事業展開を戦略の中心に据えています。
その代表的な一例が、タイの「PANPURI」ブランドをコーセーグループに迎え入れたことです。このブランドが、中国の消費者の間で高い人気を誇っているからです。実際に、タイの免税店での販売データを見ると、PANPURIの購入者の約70%以上が中国人で、中国市場におけるポテンシャルを十分に証明しています。
引き続き、中国の消費者に人気のあるブランドのM&Aや提携を検討し市場シェアの拡大を模索しています。これらは、80周年を迎えるにあたって策定した2030年までの重要な中長期戦略の一環です。
われわれは、中国市場を常にグローバル戦略の中心に据えています。たとえば、体験型コンセプトストア「Maison KOSÉ」を東京の銀座や原宿、さらにはアメリカのロサンゼルスにも展開しています。ロサンゼルスでは、多くの華人が居住するサンタアニタに出店しました。
今後、中国市場は、コーセーのグローバル事業の中核となるだけでなく、われわれのイノベーションと成長を推進する重要な原動力となるでしょう。
「コーセーのカウンターが閉鎖?」「中国市場から撤退?」――これは、まったくの誤報だった! 小林社長は、中国の消費者が最も関心を寄せる問題について真摯に答えてくれた。コーセーの新たな挑戦はすでに始まっている。更なる進化が中国市場での行方を左右することになるだろう。コーセーの今後を共に見守っていきたい。
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