アジアの眼〈82〉
「音楽と物理学から、人間の内面世界を抽象絵画の形式で表現する」
――アメリカ現代美術家 ピーター•ワーイン•ルイス

年の瀬の12月29日、ニュージャージ州にあるピーター•ワーイン•ルイス氏の自宅スタジオを訪ね、取材を行った。

ジャマイカ・キングストン生まれのピーター氏は、ジャズシンガーである父親の仕事の関係で幼少期にアメリカ西海岸のカリフォルニアに移住し、現地の美大で美術を学んだ。

2006年からは北京とニューヨーク・ニュージャージを行き来しながら二拠点生活を続けている。

photo by He

北京の318エリアにあるスタジオは400平米の広さがあり、茶室も併設されているカッコいい場所だ。広さがある分、大型作品を制作するには最適だ。コロナ禍により、長い間北京に行けず、家賃を支払い続けるだけの日々が三年近く続いたが、最近ようやくまた訪れることができるようになったという。

1990年、北海道近代美術館でのグループ展では、日本人作家20数名と海外作家3名が招かれ、ピーター氏もその一人として参加した。会場では田中泯氏の舞踊パーフーマンスが披露され、展覧会のカタログには各作家の作品がエディション付き版画として収録されており、バブル期最後の華やかな時代に支えられた日本の美術館の状況が垣間見える。

彼の作品はこれまで、ヨーロッパ、北米、アジア、中国など世界各地で展示されている。

ピーター氏の最初のグリッド形式による大型絵画シリーズは、2008年に北京の宋庄アート・ビレッジにあるサンシャイン国際美術館で「北京ブースター」というテーマで発表された。その後、2015年にはノースマイアミ美術館にて「ブースター」シリーズの新作を加えた個展が開催された。

BUDDHA PLAYS MONK SUITE #6 (module), 2012
Acrylic on Linen
42 x 36 in (106.68 x 91.44 cm)アトリエ提供

 

Brain Dance, 2014
Acrylic on Linen
90 x 66 in(228.6 x 167.64 cm)アトリエ提供

 

2016年、北京のUCCA(ユーレンス・コンテンポラリー・アートセンター)で、1970年代~80年代にニューヨークで一世風靡したフレデリック・J・ブラウン(1945-2012年)とピーター•ワーイン•ルイスのダブル個展(中国語:双个展)が開催された。フレデリック・J・ブラウンはニューヨークのスティーブン・ラウシェンバーグ・ギャラリーが扱っていた物故作家で、抽象表現主義の絵画はジャズやブルースからの影響を色濃く受けており、その点でルイスと共通点があった。アフリカ系ディアスポラ出身のブラウンは、ジャズという文化的土壌からインスピレーションを得て、表現力豊かな絵画を生み出し、音楽と精神性に関心を共有していた。ニューヨークで長年親交のあった二人の展示会は、北京の有名な美術館UCCAでPhilipeのキューレーションの元で開催され、大きな話題を呼んだ。ブラウンは1988年に中国美術館で個展を開催した最初のアメリカ人作家である。ブラウンとルイスはそれぞれ15点の絵画を「組曲」のように展示した。「弦理論には、全ての物質は多次元で振動する弦として存在するという考えがある。この考えは、物理学と私の大好きな音楽を結びつけている。弦の振動はハーモニーを生み出し、それは宇宙の色彩や光、様々なリズムのシンフォニーだ」とピーター•ワーイン•ルイスは述べている。

Beijing Booster Griot Suite a@MOCA Miami, 2007
Acrylic on Linen
255 x 360 in (647.7 x 914.4 cm)  アトリエ提供

 

「Monk Time Suite」(2013年)と「Buddha Plays Monk」(2012-2015年)と題された二つの組曲形式の大作群は、いずれも北京で制作された。2016年、UCCAの高い壁一面に、これらの作品が大きなグリッド形式で展示された。「Buddha Plays Monk」組曲は、それぞれ107×91cmサイズの絵画15点で構成され、3×5のグリッドに整然と配置されている。MITの物理学者アラン・グースのアイデアに触発された「False Vacuum」(2015)と題された6点の絵画グループも併せて展示された。

2019年に彼はデラウェア・コンテンポラリーで個展を開催し、「北京ブースター」シリーズを発表した。また、北京のレッド・ゲートギャラリーの個展では、「ベンディング ・タイム・ペインティング」が展示された。その後、2021年にはコロナ禍の影響で北京に行けなくなり、二ューヨークのスコット・ギャラリーでオンライン展示会を試みた。

Buoyancy Suite # 1-6, 2022
Oil on Linen
75 x 132 in (190.5 x 335.28 cm)  アトリエ提供

 

新シリーズ「浮力」は、2023年初めにスコット・ギャラリーで展示された。このシリーズは、2022年にフロリダからイタリアのベネチアへの大西洋横断航海の体験に触発されたものだ。この航路は、彼の先祖がアフリカからジャマイカに渡ったであろう道筋の逆方向にあたり、また、彼自身が幼少期にジャマイカのキングストンから親に連れられ、カリフォルニアに渡った経験とも重なる。「浮力」の絵画は、9歳の少年が移動を通じて場所や時間の意味が大きく変化する様子を表現している。また、水上で浮力を保つという物理的なバランスを象徴し、さらにこの世界から宇宙に移動することは、ある意味人類の未来像を暗示している。

2024年9月、447ギャラリーで「Monk」というタイトルの個展が開催された。ちょうどニューヨークに滞在していた時期だったので、私も見に行くことができた。評論家を交えたアート・トークも行われた。展示会場に入ってまず目に飛び込んでくるのは、壁一面に広がる組曲形式の展示だった。

若き日の彼は、ワシントンD.C.のジョージタウンにあるギャラリーのオーナー、ノーマン・パリッシュに見出され、ドイツ・バイエルンのアーティスト・イン・レジデンスに参加した。当時の彼の作品は、量子物理学と弦理論、そしてジャズ音楽にインスパイアされていた。2012年には、第5回北京国際ビエンナーレで「磁石の目」を展示し、その後2016年にはUCCAで巨匠フレデリック・J・ブラウンの作品と併設展示され、アート・シーンで大きな注目を集めた。

photo by He

1979年、サンノゼ州立大学で絵画の修士号を取得し、父親の影響で一度は音楽家を目指すが、その道には進まず、アートの世界に飛び込む。その後、音楽への愛情を抽象絵画に注ぎ込むことになる。サンフランシスコ美術大学、サンノゼ州立大学の客員教授を経て、1991年にはカルフォルニア大学バークレー校の教授に就任。その後ニューヨークに移り、シラキューズ大学、ボストンのマサチューセッツ芸術デザイン大学(MCAD)の絵画科教授を歴任した。大学教授としてのキャリは25年に渡り、2006年から2009年までは学部長も務めた。2020年、MCAD名誉教授に就任し、定年退職した。いま、すべての時間を作品制作に集中させることができるという。作品制作には定年退職はないから、これからの作品も楽しみだ。

洪欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。