中国銘茶探訪(4)
祁門工夫紅茶

2024年10月、私は安徽省茶業界のご厚意により、安徽・祁紅博物館の顧問に就任した。祁門紅茶は安徽を代表する銘茶であり、国内外で広く知られる高級紅茶である。現地の政府や製茶企業も茶文化をとても大事にしている。祁紅博物館は、黄山市祁門県にある祥源祁紅産業文化博覧園内にあり、総建築面積は4500㎡にも及ぶ。博物館の入口に掲げられた館名は、中国茶業界の泰斗で中国工程院院士の陳宗懋先生が揮ごうされたものだ。このような国内トップクラスの茶文化博物館の顧問に就任するのは身に余る光栄であり、恐縮の至りである。この機会をお借りして、日本のお茶愛好家の皆さまに、中国最高級の銘茶——祁門工夫紅茶を紹介させていただきたい。

祁門工夫紅茶の等級

正統の祁門工夫紅茶には何段階の等級があるのだろうか。清末から民国期には、統一された等級基準はなく、それぞれの商標が独自に等級を定めていたが、新中国成立後、徐々に等級基準が整備されていった。祁門紅茶の中でも工夫紅茶の等級分けは基本的には国際規格に準じているものの、より精密で合理的な分類が行われている。現行の現地規格では、『祁門紅茶』は特茗、特級、一級、二級、三級、四級、五級の7つの等級に分類されている。それぞれ個別に説明していこう。

特茗と特級は祁紅工夫紅茶の最高級品であり、国際標準規格のSFTGFOPとTGFOPに相当する。この2つの等級は、製造工程で香りと味わいのバランスを最大限に追求し、祁門工夫紅茶の「高い香り、美しい形状、芳醇な味わい、鮮やかな色」という4つの特長を完璧に体現している。一級から三級の祁門工夫紅茶は、品質的にはFOPとBOPの間に位置し、茶湯の味わいは甘く芳醇で、祁門独特の香りが引き立っている。四級及び五級は主に輸出用として大量に生産される。数年前までは、為替レートの影響もあり、外国人が中国茶を気楽に楽しむことができたが、近年はコストの上昇により、等級の低いお茶が消費されるようになった。現在、海外のお茶専門店では、四級や五級の祁門工夫紅茶が最高級品とされている。多くの人がセイロンティーで満足しているが、それはお金がないからではなく、お茶にお金をかけようとしないためある。われわれ中国人は生活を楽しむことに秀でているようだ。

祁門工夫紅茶の人気

祁門紅茶は誕生以来、主に輸出用茶葉として扱われ、国内市場ではほとんど目にすることがなかった。20世紀初頭、祁門紅茶は南洋歓業会やイタリア・トリノ博覧会で一等賞を受賞し、その名を世界に知らしめた。1915年には、パナマ・太平洋万国博覧会で大賞を受賞し、当時の茶葉市場で一躍脚光を浴びる存在となった。

こうして、祁門紅茶は中国輸出茶の「金看板」として知られるようになった。筆者は1930年代に生産された上海の鴻怡泰・康健ブランドの缶入り祁門紅茶を所蔵している。その外装には、中国語と英語で詳細な記載があり、英語では数百字に及ぶ祁門紅茶の紹介文が記されている。このことからも、祁門紅茶が輸出茶として重要視されていたことが見て取れる。また、上海の老舗茶問屋・汪裕泰の「盧仝」ブランドの祁門紅茶は、当時、国際市場で紅茶の銘品とされていた。この度、私が所蔵していた1930年代の盧仝ブランド・祁門紅茶の5ポンド包装の包装紙を祁紅博物館に寄贈させていただいた。来館されるお茶愛好家の皆さまに、当時の祁門紅茶の輝い歴史を感じていただければ幸いである。

1980年代、祁門工夫紅茶は他の紅茶よりも高価であった。等級の低い一般品の輸出価格は1㎏当たり15元で、最高等級の「国礼茶」の輸出価格は1㎏当たり400元を超えていた。当時の中国では、一般労働者の月給が100元にも満たなかったことから、祁紅工夫紅茶がいかに高価であったかがわかる。祁門工夫紅茶は、常に中国の銘茶の中でも特別な逸品であった。

祁門紅茶の泰斗・閔宣文先生(左)、祁門紅茶の無形文化遺産後継者・陸国富先生(右)

祁門紅茶の無形文化遺産後継者・陸国富先生(左)

祁門工夫紅茶の味わい

当時の高級祁門工夫紅茶の茶湯には、祁門特有の濃厚な香りが漂っていた。それでは、祁門の香りとはどのようなものなのか。平たく言えば、複雑な奥深い香りである。最初に甘い花の香りが立ち上がり、その後、糖蜜のような香りへと変わる。祁門紅茶の泰斗である現在91歳の閔宣文先生がかつて話してくださったことがある。1980年に、祁門の製茶工場が外交部のために生産した茶葉は、蘭の花を思わせる濃厚な香りと祁門紅茶特有の熟したリンゴの香りが見事に調和していたという。お湯を注いでじっくり味わうと、茶湯からは糖蜜の香りが漂ったそうだ。閔先生は、長年にわたり茶葉の生産に携わってきたが、これほど芳醇な「祁門香」に出会ったことはないと感嘆されたという。

祁門紅茶初の無形文化遺産後継者である陸国富先生は、私の長年の友人でもある。1980年代初頭、陸先生は学校を卒業後、祁門の製茶工場に技術者として配属されて以来、祁門紅茶と深く関わってきた。彼は、祁門茶工場が最も繁栄していた時代を経験し、この半世紀にわたる祁門紅茶の浮き沈みを見届けてきた。陸先生の長年の研究によれば、熟成した祁門紅茶には独特な風味があるという。5年以上熟成された祁紅工夫には「祁門香」に加えて、熟成香、ナツメの香りや薬香が現れることが多い。ただし、茶葉の良し悪しには評価基準があり、生産間もない祁門紅茶に薬香が出た場合には製品ミスと見なされるが、年代物の祁門紅茶では、茶湯に薬香が現れると最上級品とされる。陸先生に、これまでに口にした中で最も古い祁門工夫紅茶について尋ねたところ、1996年に製茶工場で生産された名品であったという。約30年の時を経たその紅茶は、茶湯の風味が長く続き、その味わいは熟成プーアル茶にも劣らないとのことであった。

祁門工夫紅茶の国内流通量は非常に少なく、特に当年産の出来が良かったため、手元に残している者はほとんどいない。その後、苦労の末に2009年産の国礼茶と2014年産の一級品を入手した。とても貴重なものなので、正月や節句など特別な日にしか取り出して淹れることはない。その茶湯には祁門香に熟成香や薬香が加わり、一度口にすると忘れられない香りと味わいがある。ここまで話してきたのは、お茶愛好家の皆さんに、熟成プーアル茶は珍しくはないが、熟成祁門紅茶は非常に希少であることをお伝えしたかったためだ。

正統の祁門紅茶は新茶も十分おいしいが、数年熟成させると風味は格別である。機会があれば、ぜひとも一度味わっていただきたい。