東京からニューヨークに着いてまもなく、私はエルサルバドルとホンジュラスを訪れた。
韓国人宣教師たちは中南米の田舎町に家族とともに長期間暮らし、活動を続けている。そのスポンサーであり、キリスト教信者でもあるYoungja Kimは、2017年にニカラグアのTIPITAPA(ティピタパ)でコリアン・クリスチャン・アカデミーをスタートさせた。そして、ニューヨークのチェルシーにアトリエを構える現代作家Sook Jin Joの作品を「祈りの家」にしていくアートハウス・チャペル・プロジェクトを企画している。このアート・プロジェクトはニカラグア(2017年)からグアテマラ(2022年)、エルサルバドル(2023年)そしてホンジュラス(2024年)へと拡大し、現在中南米4カ国で進められている。また、次の国でのプロジェクトも計画中で、中南米5カ国を対象としたアート・プロジェクトへと発展する予定だ。
コロナ禍前からスタートさせ、コロナ禍中にも2カ国で進め続けたことには驚きを隠せない。
プロジェクト全体を企画したKimさんは、かつて韓国のLEEUNGNO美術館副館長も務めた方で、アート・シーンにおいて収蔵や教育普及などを通じてアメリカと韓国を繋ぐ橋渡し的な役割を果たしてきた。
彼女自身がインスパイアを受けたきっかけは、ニカラグアで大量の椅子が捨てられようとしている光景に偶然出会ったことだったという。ニューヨークのチェルシーにスタジオを構え、インスタレーションや平面作品、映像・サウンドも手がける韓国人作家のSook Jin Joは、捨てられた素材を拾い上げ、それを作品に昇華させる作業を繰り返していて、韓国の市立美術館や済州島の現代美術館でも個展やグループ展を行う作家として知られている。捨てられるはずだった材料を目にした瞬間、Joの作品が脳裏に浮かんだという。
エルサルバドルの空港にニューヨークから到着すると、空港近くのカフエで韓国人牧師の黄さん夫婦が待っていてくれた。そこでコーヒーを一杯いただき、1時間ほど後にホンジュラスから駆けつけてくれたYoungja Kim さんと合流することができた。
牧師さんが足を怪我していたため、奥様が運転する車に乗り、1時間半ほどかけて目的地に着いた。陽射しは強いが風が涼しくちょうどいい天候に恵まれた場所だった。マンゴーの木とアボガドの木が美しい木漏れ日を映し出すお庭に、映像でしか見たことのなかった「祈りの家」があった。「Narrow Is The Way」という名前で命名されたこの作品は、入り口を入ると、木の素朴な風合いを生かした長椅子がシンプルに並べられ、その先の壁にはJoの作品が飾られていた。アメリカとエルサルバドルで集められた木の素材を使い、アーティストの繊細な制作過程を通して完成したこの作品は、壁に斜めの十字を作り出していた。そして天井に開けられた丸い天窓からはちょうど光りが差し込んできていた。そしてその光が十字に描かれた白い壁を照らしていた。壁には少し歪んだシャドーが映り込み、木の姿がゆらめくように蠢いていて不思議な感覚を覚えた。自然の光が作品に変化をもたらしてくれる贅沢な瞬間を目撃したのだ。天窓から差し込む光は、時間とともに地面に模様を描き、壁に新たな表情を作り出したりする。その一瞬一瞬の光の移ろいを捉え続けることはできないが、私たちが見ていない間にも、光りは様々な形を空間に投影し、日は上り、日は沈み、雨の日は雨音を空間に響かせる。自然の営みは、私たちの所為とは関係なく、淡々と繰り返され、私たちが見逃すのを許されているのだと感じた。
左側の壁に造られた細長い窓からはパームの木や南国の鮮やかな花たちが見えてくる。「借景」という建築やシアターに詳しい作家Joならではのこだわりがここにも見え隠れする。
その日の夜10時の飛行機でホンジュラスに移動した。ここの空港でも韓国人牧師の金さん夫婦と待ち合わせをしていたが、1時間ほどお互いに待つことになってしまうハプニングがあった。そこから更に車で移動してエアビアンドビーの宿に着いたのは夜中だった。お湯が出ないので、歯を磨き、顔と足を洗って寝ることにした。
翌朝、作家が早々に現場入りすることもあり、早起きしてパパイヤなど果物たっぷりの朝食をとった。コーヒーの美味しい朝だった。
窓からは、名前の知らない池が広がっていた。その周囲にはカカオの木など南国の植物が生い茂っていた。どこかで見覚えのある植物の葉っぱが異常に大きく、実も綺麗な赤やピンク、紫に色づき、雨の中で光っていた。
エルサルバドルから飛行機でわずか50分の隣の国なのに、ずっと雨が降り続け、一瞬たりとも晴れ間は見えなかった。雨が降ったり止んだり、小雨と土砂降りが繰り返しやってきた。それでも、ホンジュラス各地から30人ほどのクリスチャン信者たちがあっという間に集まってきた。地元の人とホンジュラス在住の韓国人たちだった。
地元の牧師の奥さんの作ったランチが振る舞われ、天幕の張られたお庭では、ランチの前に韓国人牧師による礼拝があり、聖歌が歌われていた。周辺では教会や今回の作品の建築作業が進められており、驚くほど大きい音が鳴り響いていた。銃声のような音がするたびに耳を塞ぐように言われ、柱を天井に取り付ける音と聖歌が、雨音の中で入り混じっていた。その後、サンクスギビング(感謝祭)があり、翌朝2時40分発の飛行機に乗るため、夕方には荷物を取りに宿に戻り、現地の池で獲れた魚のフィッシュアンドチップスを食べて、空港に向かった。真っ暗な道路を走りながら、早々と空港に向かう意味がわかった気がした。
クリスチャンの彼らが毎回食事する前に行う祈り、その「アーメン」のタイミングに、いつもワンテンポ遅れてしまう自分が少し滑稽だった。柱がすべて取り付けられ、マルタの椅子に座って記念撮影をした。森の中で祈りをしているような錯覚に陥る今回の作品も、光りには拘ったようだ。年に一度だけ十字に光りが当たるという。縦はガラスで、横はコンクリートの壁を粗く削って作られていた。鳥の囀りが聞こえてきそうな「祈りの家」、雨の中、名の知れぬ中国原産の小さめの木を植えて帰ってきた。木が成長したらまた訪れる約束を交わしながら。
洪欣
東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。
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