粤港澳(広東・香港・マカオ)地域の老舗茶店には、「六安骨」と呼ばれる謎めいた銘茶がある。60歳以下の人にはほとんど知られておらず、新しい茶店ではまず見つからない。代々続く老舗にのみ残っている可能性はある。大きな缶に詰められて陳列棚の隅に置かれ、誰にも見向きもされず眠っている六安骨。もしも、標準語で六安骨をくださいと言ったなら、店主は驚いてあなたを二度見するだろう。心配は無用である。その視線の7割は驚きで3割は賞賛である。「六安骨を知っているとは、この人物はただ者ではない」と、店主は内心感心しているに違いない。
さて、その六安骨とは一体どのようなお茶なのか?六安骨の乾燥茶葉は独特で、見た目は茎ばかりで葉はほとんどない。色は茶色で光沢があり、嗅ぐと焙煎の香ばしさがほのかに漂う。六安骨の淹れ方は至ってシンプルだ。古くからのお茶愛好家は、茶葉を一掴み取って急須に放り込み、蒸らすだけである。しばらくして大きな急須から茶を注ぐと、鮮やかな橙色の茶湯が現れ、すぐにでも飲みたい衝動に駆られる。しっとりと滑らかで、口当たりは甘く、苦みはまったく感じられない。その甘みは一般的な茶湯をはるかに超えている。長時間蒸らしても苦みが出ることはなく、茶湯は濃厚で甘くなる。この特性こそが、古くから愛好家に愛され続けてきた理由である。
六安骨は六安瓜片と関係があるのか?答えは否である。では、六安骨は六安市と関係があるのか?これも否である。では、六安骨の産地はどこなのか?六安骨とは何かの骨なのか?これらの問いに詳しく答えていこう。
六安骨とは、祁門安茶の茎の部分をいう。祁門安茶の製造工程は初製と精製の2段階に分かれる。初製工程では主に萎凋、殺青、揉捻、乾燥の4工程を経て毛茶(荒茶)がつくられ、その後、毛茶をふるい分け選別する過程で、正品から取り除かれた茎の部分を集めて六安骨として販売する。
六安骨の原料が判明したところで、次に名前の由来について説明しよう。祁門安茶の産地は皖南で、広東・広西地域で広く飲まれている。粤港澳地域では、安茶は六安茶とも呼ばれる。かつて、茶の茎を茶の骨と呼ぶ習慣があった。そこで、祁門安茶の茎茶を六安骨と名付けたのである。また、茎が枝分かれしていることから、茶店によっては六安枝と呼ばれることもある。さらに、自らの六安骨の品質が優れていることを誇示するために、六安枝王と呼ぶ茶商もあった。つまりは、六安骨、六安枝、六安枝王はすべて同じものを指している。
祁門安茶は中国黑茶の中でも特に優れた銘茶である。グレードの高い原料を使用しているため、選別された茎も若い。祁門安茶の茎茶の繊細さは、白茶の老寿眉の茎茶にも引けを取らない。味わいが豊かで、感覚も明瞭である。そして熟成が進むほどグレードが高くなる。長年の友人である、華僑茶業発展研究基金会理事の陳耀輝氏は、台湾の老舗薬局で1930年代の六安骨を手に入れたことがあった。この薬局の店主によれば、当時多くの中医医師が古い六安骨を引経薬として使用していたため、薬局でも六安骨が売られていたのだという。六安骨が医食同源を体現していることがわかる。そうした理由から、筆者も毎年安茶をつくる際、選別された六安骨を特別に保存するようにしている。そうすれば安上がりでもあり安心である。
若い茎を使用する製法は、安徽省においては六安骨だけに限らない。安徽省北部の臨渙という古い町には、棒棒茶という特産品がある。臨渙は交通の要衝で、古くから大規模な商業集積地を形成してきた。人が多く集まれば休憩をしたり、商談をするのにお茶は欠かせない。そのため、臨渙には茶館が多く存在する。現在、この町の人口は2000人に満たないが、名の知れた古い茶館は10軒以上存在する。茶攤、茶座と呼ばれる簡素な茶屋は数知れない。臨渙から南へ200里に満たないところに、茶葉の生産地として有名な六安がある。この地理的条件を活かし、臨渙では六安での製茶工程で取り除かれた茎を丁寧に加工し、棒棒茶として飲用してきた。この伝統は100年以上続いている。
筆者が臨渙を訪ね、現地の高齢者と話をしてみると、この地の茶館では、とても安くお茶を提供していることがわかった。1950年代には1ポットの棒棒茶はわずか5分で、60年代に一角、70年代に一角五分、80年代に2角、90年代には三角になり、今でも1~2元程度で楽しむことができる。当然、それは定番商品の価格で、外来の訪問者や観光客向けには、より高級な棒棒茶を提供しており、1ポットで5~30元と幅がある。六安骨も棒棒茶も、中国のお茶愛好家の「ものを大切にする」心を体現している。日本の加賀棒茶も六安骨に通じるものを感じさせる。
ご存じの通り、祁門安茶は1930年代末期に生産停止に追い込まれ、六安骨も一時的に市場から姿を消した。粤港澳の古くからの愛好家にとって、六安骨を飲めなくなることは非常に辛いことであった。そして、やむを得ず、六安骨の模倣品がつくられるようになった。鉄観音である。
鉄観音も他の烏龍茶と同様に、初製と精製の2つの工程を経てつくられる。精製の工程で茎と古い葉が取り除かれ、粒ぞろいの砂緑色のつややかな鉄観音が完成する。香港の茶店は、この取り除かれた茎に独自の工夫を凝らし、丁寧に焙煎し直す。その焙煎手法や基準は鉄観音の精製茶とまったく変わらない。端材であるからといって、決して手を抜くことはしない。「値段に高低あれど、茶に貴賤なし」を体現している。福建省の茶葉貿易会社に長年勤務していた陳慧聡氏の回想によると、当時、鉄観音の茎茶は単独でも輸出されており、需要が非常に高かったため、鉄観音の正品と同じく独自の荷印をもっていたという。
現在、市場には六安骨の本物と模倣品が存在する。本物の六安骨は祁門安茶を原料としており、模倣品は鉄観音を原料としている。両者を見分けることはそれほど難しくはない。鉄観音でつくられたものは、茎が比較的に太く、葉はついていない。祁門安茶でつくられたものは、茎がより繊細でわずかに葉がついている。味わいの面でも違いがあり、模倣品は焙煎の香りが強く、本物は茶本来の風味が豊かである。古い茶店で六安骨を求める際には、ぜひ目を凝らして真贋を見極めていただきたい。
本物であれ模倣品であれ、六安骨は、本来廃棄するものを宝に変えた銘茶である。その行為こそが美徳であり、その価値を見出して楽しむことは、ひとつの知恵とも言える。困難な時代、粤港澳地域の多くの家庭は六安骨とともに苦しい時期を乗り越えてきた。著名な文学者の林語堂先生は「茶壺(急須)さえあれば、中国人はどこにいても幸せになれる」と述べている。急須の中のお茶が龍井であっても碧螺春であっても、祁門六安骨であってもよい。お茶に貴賤はない。
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