アジアの金融拠点である東京証券取引所(東証)は、アジア市場との連携やスタートアップ支援を目的とした「東証 アジア スタートアップ ハブ」(スタハブ)を通じ、日本市場における中国企業の成長と上場支援に向けた取り組みを強化している。先ごろ、日本橋兜町の東証を訪れ、岩永守幸社長に日本市場の魅力、中国企業の日本上場支援、世界における競争力強化と成長戦略について伺った
―― 東証はアジアの金融の中心地として、世界的な影響力を持つ市場です。中国企業にとって、日本市場の魅力はどこにあるのでしょうか。
岩永 日本市場について触れる前に、中国は我々にとって最大の貿易相手国であり、重要な経済パートナーです。また、日本も中国にとって主要な貿易相手国で、輸出先第3位、輸入先第4位に位置しています。今年の国慶節の連休中には多くの中国人観光客が日本を訪れ、日本は身近で人気の観光地となっています。
日本市場の魅力を理解していただくには、まず日本の株式市場の現状を知ることが重要です。代表的な指数である日経225は、かつて4万円を超え、昨年4月以降は50%以上の上昇を見せています。ただし、日経225は225社のみを対象とするため、市場全体の動向を反映しているわけではありません。東証には約3900社が上場しており、我々が提供するTOPIXは時価総額の加重平均で算出され、今年7月には34年半ぶりに高値を更新しましたが、これは主に大型株の上昇が影響しています。実際には、プライム市場でも3割以上の銘柄が下落しており、全体が上昇しているわけではありません。
さらに、バブル期との比較も重要です。当時の上場企業数は約1700社、時価総額は約590兆円でしたが、今年7月には時価総額が1000兆円を超え、市場規模は大幅に拡大しています。そのため、株価指数だけを見て「34年ぶりに追いついた」と考えるのは誤解を招きかねません。実際には東証の規模はすでに過去を上回っています。
現在の日本市場は、今年3月19日に日銀がマイナス金利を解除し、デフレ終息を見据えた新たな成長フェーズに入りました。企業業績も2022年3月期から3年連続で過去最高を更新し、今年度の決算も好調という見立ても聞かれます。バブル期のように株価のみが過熱する状況ではなく、PER(株価収益率)も15倍程度で、アメリカの23倍と比べても健全な水準を保っています。
こうした背景の中で、中国企業にとって日本市場の魅力は、日本企業が徹底した品質管理と高い信頼性を備えている点にあります。日本企業との提携は、中国企業が現地市場で信頼を得やすくなる強みとなるでしょう。また、日本は少子高齢化が進み、DXや自動化が求められていますが、中国企業が日本企業の高コストを補完する可能性があります。さらに、日本市場は利益率が高く、中国企業にとって進出する価値が十分にあるといえます。
―― 今年3月に発表された、アジアのスタートアップ支援や新規株式公開(IPO)を促進するプログラムについて、特に「クロスボーダーIPO」の視点から、その背景と目的を教えてください。
岩永 今回の取り組みは、アジアの企業が日本市場での上場を目指すことを支えるための「プログラム」として発足しました。当社にとって、IPO市場の活性化は非常に重要なテーマであり、過去10年間にわたり、毎年約100社近くが新規上場を果たしてきました。今後もこの流れを維持しながら、特にアジアの成長企業の上場を増やしていきたいと考えています。
今回のプログラム「東証 アジア スタートアップ ハブ」(スタハブ)は、日本との関係が深いアジアの有力企業に焦点を当て、スタートアップの成長を支えるエコシステムを整備することで、日本市場でのビジネス拡大や日本企業との連携を促進し、その結果として東証でのIPOを支援することを目指しています。
この取り組みが発表されてからは、証券会社や監査法人、銀行、法律事務所、報道機関、ベンチャーキャピタルなど、さまざまな関係者から賛同いただきました。国内外から52者がパートナーとして、4者がオブザーバーとして参画し、アジア企業に対する包括的な支援体制が整えられました。
9月下旬には、シンガポール、台湾、韓国、マレーシア、インドネシア、ベトナムの6つの国と地域から、ユニコーン企業を含む14社が支援対象として選ばれました。これらの企業は、ドローン、ヘルスケア、AI、IoT、SaaS、フィンテック、インバウンド、コンテンツビジネスといった、将来性の高い業界で活躍しており、日本市場での取引拡大を目指しています。
東証は今後、パートナー企業とともに、これらの支援対象企業に対して、日本での事業拡大、資金調達、そしてIPO支援など、それぞれのニーズに応じたサポートを行っていく予定です。
―― 中国の経済発展に伴い、日本で起業する中国人が増加しており、上場を目指す企業も少なくありません。中国市場との連携や、在日中国企業の上場促進に向けた東証のサポートについて、具体的に教えていただけますか。
岩永 もちろん、中国の経営者や企業にも、東証での上場に関心を持っていただきたいと考えています。中国企業や経営者が東証への上場を希望するなら、私たちは大歓迎です。
私が以前、中国企業の上場誘致に取り組んでいた時と同様に、現在も担当者がいて、相談やアドバイスを行い、現地訪問も含めてサポートを提供しています。何かご相談や情報が必要であれば、日本国内でも中国でも、いつでもお手伝いさせていただきますので、ぜひご活用ください。
ただ、一つ現状をお伝えしておくと、先ほど紹介したスタハブには、現時点で中国企業は参加していません。これは少し意外なことですが、担当者の話では、中国企業の中には日本企業との連携を希望する声がある一方で、中国国内の規制への考慮などが求められるようです。具体的には、中国証券監督管理委員会(CSRC)が、中国企業――たとえ形式的には日本企業であっても、ビジネスの性質など一定の要件に該当する場合には、実質的には中国企業と見なされると聞いていますが、海外で上場する際、CSRCへの届け出を求めており、上場企業だけでなく引受証券会社も届け出が必要だそうです。このハードルが、スタハブへの参加を難しくしている可能性があります。
先日、日本中華總商会の会合でお話した際にも、中国企業関係者から「中国企業で東証上場に関心を持つ者は少なくないはず」との声をいただきました。私たちとしても、中国企業を排除する意図は全くありません。ぜひ、今後、積極的に参加していただけることを期待しています。
―― 東証が今後もアジアを代表し、世界的に影響力を持つ証券取引所であり続けるためには、どのように競争力を強化していくのでしょうか。また、現在取り組んでいる最大の課題についても教えてください。
岩永 東証の競争力を強化するため、私は「投資対象」「投資機会」「投資者」という3つの「拡大」を推進すべきだと考えています。
まず「投資対象」の拡大では、既存上場企業の質向上が最優先です。現在、東証には約3900社が上場していますが、NISAの非課税枠が拡大され、安定的に成長する企業がより重要になっています。そのため、日本企業の経営者には資本コストや株価を意識した経営が求められています。9月末時点では、プライム市場で8割が、スタンダード市場で3割以上が開示を行っていますが、この理解が十分に進んでいる企業はまだ全体のわずかであり、多くの企業は十分な理解に至っていないのが現状です。プライム・スタンダード市場の企業にも、長期的な成長を目指してもらいたいと考えています。
そのため、「質」の向上を進める過程で、合併やTOB(株式公開買付け)による上場廃止で企業数が減る可能性もありますが、重要なのは質の高い企業が市場に残ることです。また、新規上場(IPO)も成長力のある企業を中心に増やしていきたいと考えています。
近年、上場による取引先への信頼性や知名度、採用力の向上を理由に上場を目指す企業が増えていますが、上場の真の目的は、成長資金の調達と、その成長によって投資家に報いることにあります。東証としても、リスクを取って成長を目指す企業を歓迎しており、質の高い企業を増やすために、上場を目指す企業には明確な成長戦略とビジョンを求めています。
また、新興企業向けの「グロース市場」には課題があります。6割以上の企業は年初と比べて株価が下落しています。上場基準が低すぎるとの声もあります。また、成長を促進するため、上場維持基準の引き上げがいいのではないか、という声もありますが、基準を高くしたところで、ミニマムなバーを高めるだけなので、自律的な成長にはつながらないという意見もありますので、どういった工夫ができるのか、いろいろ検討しています。また、成長支援には、投資家との関係強化(IR)や、財務戦略を担うCFOの配置も重要です。
最後に、上場基準の見直しだけで企業の成長が保証されるわけではありません。最も重要なのは、成長意欲が強く、前向きでエネルギッシュな経営者を育てる企業文化を育てることです。この点で、中国企業は良い手本となっています。東証としても、こうした企業が成長し続けられる環境を整え、挑戦を後押ししていきたいと考えています。
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