アジアの眼〈80〉
「愛と死と生をテーマに」
――中国のマルチタレントなアーティスト 王小慧

秋雨の降る上海で、兼ねてから取材したいと思っていた王小慧(シャウフイ・ワン)を、彼女の名を冠した「王小慧芸術館」で取材した。

彼女は天津生まれで、母親は音楽教授、父親はエンジニアだった。大躍進時代と文化大革命を経て成長した彼女は、1978年に同済大学に入学して建築学を学び、修士課程に進んで建築学の修士号を取得した。同級生の兪霖(ユ・リン)と結婚し公費留学の幸運を得て二人でドイツへ渡ることとなった。二人は国賓留学に選ばれるほど優秀であり、ドイツで建築学を学んだあと、映画監督専攻の勉強もした。

Photo by Boghda

1991年、プラハに向かう途中で、彼女の人生を大きく揺るがす出来事が起こる。ドイツ留学中に交通事故で夫が亡くなり、彼女も入院を余儀なくされる。療養中、思いがけず自身の回復の過程を記録し始め、病室のベッドや回復する自分、医者、見舞いに来てくれる人々を次々と写真に収めるようになった。この経験が彼女を大きく変え、「死生観」や「愛」をテーマにしたプロのアーティストとしての道を歩むきっかけとなったという。

長年にわたり、天津、上海、ミュンヘンを拠点に、世界を股にかけて活動してきた彼女は、アーティスト、写真家、建築家、デザイナー、脚本家、映画監督、そして社会活動化として多彩な顔を持つ。出版した書籍も数多く、様々な言語に翻訳されている。ミュンヘンでは、1992年にミュンヘン映画祭でオードリ・ヘプバンに出会い、彼女の最後の半年間の姿を写真に収め続けた。

王小慧博物館(蘇州博物館) ギャラリー提供

写真家として本格的に活動し始めたのは1996年である。彼女の作品には「花非花」「花の誘惑」シリーズや「レッド・チャイルド」シリーズ、「女の上海ガーデン」「墨天輪」「私の前世今生」シリーズがあり、チェコで製作されたガラス製の蓮のグリーンの大型インスタレーションや、廃棄物(CD,コーヒーのキャプセル等)を用いたリサイクル作品も手掛けている。持続可能性を重んじる彼女にとってサスティナブルなコンセプトと環境保護は常に頭の片隅に置いてあるアンテナだ。究極的には彼女の名を冠した「王小慧芸術館」こそが最も大きな作品と言えるかもしれない。

美術館の入り口には赤い唇の彫刻が飾られており、館内の企画は様々な企業や個人とのコラボレーションによるものである。彼女は時代の動向に敏感、最先端のAIを屈指したマルチ・メディアやニューメデイア作品を展示し、サスティナブルな理念に基づくチャリティ・オークションも開催している。直近だと上海ファッション・ウイークに合わせてAIとデザイナー、そして王さん自身のコラボレーション企画を進行形である。

社会活動家としての彼女は、母校である同済大学と故郷の天津にある南開大学で教授を務めている。2003年には、同済大学構内に彼女の名を冠したアートセンターが設立され、早くからニューメディアアートに焦点を当ててきた。2013年9月には、蘇州の平江路に「王小慧芸術館」が開館し、建築デザインは400年前の清代の歴史的建造物をリノベーションしたもので、アーキテクチャ フォーラムベルリン(Architekt Forum, Berlin)を含め、数多くのデザイン賞を受賞をした。これまでに世界各地から15もの重要な建築デザイン賞が受賞されている。

My last 100 Years(2007)  ギャラリー提供

My future 100 Years(2023)  ギャラリー提供

現在運営されている上海市内の芸術館は、白と赤を基調としたデザインになっており、彼女の象徴である赤い唇のオブジェが目を引く。同済大学構内から蘇州、そして2022年に開館した上海の芸術館まで、おおよそ10年ごとに彼女の名を冠したアートセンターが誕生してきた。

彼女は女性性やジェンダーへの関心も深く、「女の前世今生」という作品を発表している。この作品が過去100年をテーマとしているならば、対照的に未来100年をテーマにした作品もあるという。館内の壁一面には彼女が表紙を飾った雑誌や書籍がびっしり飾られている。

彼女は、権威ある香港の雑誌「フェニックス・ウィークリー」で、「世界で最も影響力のある中国人トップ50」に選ばれ、ロングセラーになっている「私のビジュアルダイアリー」は50刷りになるロングベストセラ-である。これは、出版界でも異例中の異例だ。写真を通じた自伝的な書籍を多数出版している。また、インスタレーションや彫刻といった多様な形式の作品も手掛けているが、そのテーマは一貫して「愛と生と死」に繋がっている。

さらに彼女はアウディ、ロレアル、ゲランといった名だたる企業の有名なブランドとコラボレーションし、多くのプロジェクトを成功に導いてきた。

レッド·チルドレンシリーズ、 2002-2003年 ギャラリー提供

彫刻群、2022年  ギャラリー提供

上海万博では、多くの産業館の公募の中で見事にグランプリを受賞し、全国の若者から「2010夢プラン」を募集した。絵画、写真、動画を通じて約1万人の夢を集め、「一万人の夢」という参加型作品として長期間展示された。また、上海の芸術館では、新館の個展に合わせて「10000人の笑顔」という新作も創作された。

日本では、2009年に表参道のスパイラルガーデンで花をモチーフにした「花の霊・性」が展示されたこともある。

来年度の2025年開催の大阪・関西万博では、ちょうど取材時に安藤忠雄先生のデザインした大阪の美術館でのプロジェクトに関する会議がオンラインで行われていた。どんな作品が見られるか楽しみだ。アバンギャルドな彼女は、メタバースやA I、WEB5などに対する関心も常に人の一歩先を行っているのだ。

洪欣

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。