鳳凰単叢は、中国で最もマイナーなウーロン茶である。品質は優れているが、知名度は鉄観音や大紅袍には到底及ばない。ここ数年、鳳凰単叢の中でも特に優れた品種である鴨屎香が大ブームで、このマイナーなウーロン茶に注目が集まっている。誰もが不思議に思うのが、茶名に「糞」の文字が使われていることだ。なんとも品がないではないか。このお茶は鴨の糞に関係しているのか、果たして香りはするものなのか。鴨屎香の味わいとはどのようなものなのか。鳳凰単叢の鴨屎香には多くの秘話が存在する。これからゆっくりお話しよう。
鴨屎香を知るにはまず、広東ウーロン茶の代表的な名品である鳳凰単叢について語る必要がある。単叢茶の一番の特徴は香りである。ネット上では鳳凰単叢を「お茶の香水」と表現する者もいるが、この表現は的を射ていないどころか、単叢茶の品格を貶めている。香水の香りは人工的なもので、単叢の香りは発酵と焙煎のみによるものである。一方は日用化学製品で、もう一方は天然のお茶の香りである。同列に論じるべきではない。
鳳凰単叢には、さまざまな香りの種類があり、研究者は何世代にもわたって、愛好家のために、その複雑な香りの分類を試みてきた。1980年代には、梁祖文氏が『潮州茶葉志』(油印本)を執筆し、単叢を黄枝香、肉桂香、芝蘭香、茉莉香、暹朴香、通天香など15種類に分類した。その後、『潮州鳳凰茶樹資源志』では、自然花香型が、黄枝香型、芝蘭香型、桂花香型、柚花香型、玉蘭香型、夜来香型、姜花香型、茉莉花型、橙花香型の9種類と、天然果蜜香型が、杏仁香型、肉桂香型、楊梅香型、薯味香型、咖啡香型、蜜蘭香型、苦味型の7種の計16種類に分類されている。さらに『中国鳳凰単叢茶図鑑』では、黄枝花香型、芝蘭花香型、玉蘭花香型、蜜蘭花香型、杏仁香型、姜花香型、肉桂香型、桂花香型、夜来花香型、茉莉花香型、柚花香型、橙花香型、楊梅香型、附子香型、山茄香型、咖啡香型、苦味茶、黄茶香の18種類に分類されている。
読者も、頭がくらくらしてしまったのではないだろうか。確かに、18種類、16種類、15種類というのはあまりに複雑すぎる。そこで筆者は、2017年に『鳳凰単叢』を執筆した際、数名の先輩方と検討の末、民間で広く受け入れられている十大香型を採用することにした。黄枝香、桂花香、杏仁香、蜜蘭香、夜来香、芝蘭香、肉桂香、茉莉香、姜花香、玉蘭香の10種類である。
数多くの優美な香りのお茶を有する鳳凰単叢に、なぜ突然、鴨屎香という粗野な名前のお茶が現れたのだろうか。筆者は何度も鳳凰茶区を訪れ、フィールドワークを通じて、鴨屎香の名前にまつわる民間の言い伝えを収集した。現地の老人によると、この茶樹はもともと野生のもので、茶農家が偶然発見したものだという。はじめは気にも留めていなかったが、新鮮な茶葉を摘んで持ち帰りお茶を淹れてみると、香りが豊かで甘みが後を引き、美味しいお茶だとわかった。村人たちが聞きつけて、お茶のことを色々と尋ねてきたが、発見者は他人に盗られることを恐れ、「大したお茶ではない、敢えて例えるなら鴨の糞の匂いがする」と言って、注意をそらしたのだという。後にこの茶樹は生育が早く、収穫量が多く、香りが上品であるため、お茶農家に喜ばれ、接ぎ木や挿し木が盛んに行われ、鴨屎香の名前も同時に広まった。2017年に『鳳凰単叢』を編纂した際、鴨屎香を正式に十大香型の黄枝香として分類し、学名を春色黄枝香とした。
鴨屎香は、栽培地域によって低山、中山、高山の三種類に分類される。低山の鴨屎香は収穫量が最も多く、市場の主流を占める。香りが強く、価格も手頃であるが、樹齢が短く、茶湯の水気が多く余韻に欠ける。試してみるのはよいだろうが、物足りなさを感じる。中山の鴨屎香は、お茶の香りがより際立ち、芳醇な甘みがある。高山の鴨屎香は一般的に樹齢が長く、多くは1950年代から1960年代に植えられたものである。高山茶は山の香りをもち、古木には特有の深い味わいがあり、鴨屎香の香りが一層際立ち、その味わいは格別である。ただ、数量が限られているため、少々値は張る。
高山の古木鴨屎香を楽しむ際は、まず茶器を熱湯でしっかりと温め、その後茶葉を投入する。高温の茶器が香りを立ち上らせ、鼻腔をくすぐる。その清涼感は、清代の八旗の子弟が愛用した嗅ぎたばこにも劣らないだろう。沸騰したお湯で素早く淹れると、湯色は淡い黄色で、口に含むと雑味のない清々しい味わいが広がる。少し時間をおいてから茶湯を楽しむ。古木茶徳有の濃厚な味わいが、元来のほのかな香りに包まれて、長く口に残る。上等な鉄観音は7回淹れても香りが残るとされるが、高山の古木鴨屎香は、軽く15回は楽しめるだろう。クチナシの甘い香りの中に、スイカズラのような香りが感じられ、「銀花香」とも称されるゆえんである。
銀花香の呼び名は雅で、鴨屎香ではあまりに俗であるが、雅と俗は表裏一体であり、お茶を飲むことは本来、雅にも俗にもなり得る。楽しければそれでよいのだ。
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