日本の若い世代にとって、中国は経済発展が続き、先端技術の導入も進む未来を感じさせる国と映っているだろう。日本のメディアは中国の成長減速をことさらに取り上げるが、日本の若い世代にとって切実なのは自国の長期不況だ。彼らは好景気を経験したことがない。何とかしたくても随所に古い体質が残り、変化を妨げがちだ。中国観は年長世代とも違っている。日中友好世代は、侵略戦争の負い目もあって経済援助や投資を通じて交流を深めようとしてきた。若い世代の間でそうした責任意識が先行することは稀だ。
他方で、中国の若い世代は幼い頃から日本のアニメや漫画などのサブカルチャーに親しみ、先進国の日本に憧れを持つ人が少なくない。日中間の歴史問題が湧き上がると、成熟した文化や福祉制度をもつ日本で、どうして先の戦争を正当化する風潮が強いのか不思議に感じている。
だとすれば、若い世代の感覚で新たなスタイルの日中交流を生み出すことが、時代を切り拓く鍵の一つになるだろう。本連載の最終回は、積極的にそれにチャレンジし、文字通りに「戦後」を生み出そうとする取り組みに触れてみたい。
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いま世代を問わず、四六時中スマートフォンを手にしている。若い世代の特徴は、動画メディアを通じて多様な情報に接することだという。そこに可能性を見出し、良質の情報をYoutubeやTikTokなどの短い動画を使って発信する試みが増えている。2024年の年初に開設された「もえりなちゃんねる」もその一つだ。もえちゃん、りなちゃんという二人の可愛い萌えキャラが進行役になり、魅力的な人物や話題のニュースをアニメで紹介する。作成したのはIT関連業務を手掛ける40代の本多利也とそのチーム。エジソンから孫文、ダボス会議まで取り上げられるなか、李徳全(1896-1972)の回はやや異色だ。日中戦争期から戦後の日中関係で活躍した中国人女性だが、知る人は少ないだろう。本多は、「アニメだと戦争ものの動画でもすんなり観れる」と力を込めた(写真1)。
実際に観ると、戦中戦後の複雑な日中関係のなかで李徳全がどんな困難に立ち向かったのかが、15分で見事に理解できる。動画のもつ力を感じる。その繊細な編集技術に載せられて強く印象に残るのは、開拓者としての李徳全の姿勢だ。女性や子供の人権がほとんど顧みられることがなかった戦時中の中国で、婦人解放や衛生向上、戦災孤児の救済に率先して取り組んだ。それが評価され、新中国の初代衛生大臣(厚生大臣にあたる)に抜擢された。戦後も、日中間に国交が存在しないどころか、中国を敵視する日本に対して、民間外交の顔となった。1954年に新中国の要人として初めて日本を訪問するが、暗殺さえ懸念される険悪な情況だった。社会主義国となった中国を悪魔化する警戒感が広まっていたからである。ところが、李徳全は訪問する先々で、中国紅十字総会(赤十字にあたる)代表として多くの市民と活発に交流した。時とともに笑顔溢れる出会いの輪が各地で拡がり、メディアも連日「品のいいおばさん」と好意的な報道に転じた。民間レベルの貿易の下地ができたのもその時である。
李徳全研究会のメンバーでもある本多にとって、こうした李の姿は「儒教や道教の理想主義を体現した人物」として映る。利己的で保身がはびこる現在の日本にこそ伝えたい「カッコいい女性」だという。
実は、日中友好活動に長年取り組んできた年長世代にとって李徳全の名は親しみ深い。訪日時は戦後10年足らずでまだ戦争の暗い影が漂っていた。中国に収容されていた日本人戦犯や残留婦人の帰国を告げた李徳全は、明るいニュースを運ぶ平和の使者だった。戦後東アジアの冷戦体制という複雑な情勢があっての、李徳全だった。
本多はそれを、「偉人・李徳全」としてではなく、一人の民間人女性が人権や国際友好のためにここまでできた、という等身大のストーリーとして描き直した。アニメを観る人は、可愛い萌えキャラと同じ目線で、李徳全の歩みに刺激を受ける。さらに、自分にも何かできるかもしれないと希望を感じ取ることもできる。「幸せになりたい、誰かを救いたいという思いは誰にもある。そのためにできることをした、その象徴が李徳全さんだと思う。誰かのために、友達のために、君もそれができるよ、叶うよということを、動画を通じて伝えたい。人間味のある世界を伝えていきたい」と本多は語る。
アニメの製作にかかわった若いITエンジニアたち――本多の同僚でもある――にも話を聴いた。20代の高橋初音は、李徳全については学んだこともなく、こうした事実にまず驚いたという。李徳全を知らなかったのは、アメリカ中心の歴史観を身に付けていることの表れだと感じたとも語った。
30代の品田竜は、中国がかつて日本の戦犯や民間人にこんなに丁寧に対応してくれたことを知って感激したという。子供の頃からこういう事実を知っていれば、中国への見方も違ってくるのではないか、そういう若い人が政治をするなら活気が出てくるのではないかと語る(写真2)。
動画作りには苦労が大きかったと口を揃える。キャラの口ぶりの語尾までこだわり、時間と労力を費やしたと二人とも語った。とはいえ、利益に直結する仕事ではない。「テクノロジーは正義のためにある。儲かるとか儲からないという次元ではない」と語る本多には、李徳全のカッコよさが重なって見える。それが若い仲間を惹きつけているのだろう。「“愛”を伝えるツールとして動画がある。一人では無理な話で、仲間やテクノロジーが必要だ」と本多自身が語る通りだ。
アジアで共有したいのは理念や思想だけではない。現実に中国との繋がりを持とうと、本多は今月も北京から上海まで飛び回る。業務提携の可能性を探ると同時に、現代中国の魅力ある姿を記録し、発信する。「中国がこれから巨大マーケットになるのは自明のことで、欧米との付き合いだけでは限界がある」と語ると、たちまち“中国に魂を売ったのか”という反発が返ってくるという。ただ、日中間にはもともと歴史的な共通点も多い。何より「かつて侵略した日本に対して、いま一帯一路のパートナーシップの手を差し伸べてくれている」。この「義」に応えるために、人や会社を結び、動画を作る。若者たちがそれを視聴し、現実の中国に触れる。若い世代にしか切り拓けない日中友好が、確かにそこにある。(完)
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