8月5日の東京株式市場で日経平均株価は大幅に続落した。前週末比の終値の下げ幅は4451円となり、1987年の米国株式相場の大暴落「ブラックマンデー」翌日に記録した3836円を超え、史上最大となった。下落率は約12.4%である。今回はその暴落の原因を説明する。
今回の暴落の一番の原因は、円キャリー取引(Yen Carry Trade)の存在である。これは円を借りて、他の高金利通貨や資産に投資する取引手法を指す。
低金利の円を借りる:日本の金利が低いため、投資家は安いコストで円を借りる。
高金利の通貨や資産に投資: 借りた円をドル、ユーロ、ポンドなどの高金利通貨や、高利回りの債券、株式、その他の資産に変える。
利回りの差を得る:投資家は、借入金利と投資先の利回りの差(キャリースプレッド)を利益として得る。
この取引は利益を得る可能性があるが、リスクも伴う。例えば、為替レートの変動(円高)や金利差の縮小(米利下げ、円利上げ)がリスクである。為替レートが円高に振れると、返済する際に必要な円が高くなるため、損失が発生する可能性がある。また、日本の金利が上昇することによっても、キャリースプレッドが縮小し、利益が減少するリスクもある。
今回は、日銀が利上げに動けず、為替相場の急変動がないといった「過信」や、人気取引に参加したくなる群集心理がキャリーの膨張を招いた。その結果、円が急速に高くなり、株価指数が一斉に売られた。米商品先物取引委員会(CFTC)の統計によれば、円キャリーの動向を映すとされる投機筋の円売り持ち高は7月上旬時点で約2兆円と、17年ぶりの規模となっていた。
米国の7月の雇用統計が発表され、失業率は4.3%で、4か月連続で上昇した。農業分野以外の就業者の伸びも市場予想を大きく下回り、投資家が前提にしてきた「ソフトランディング」のシナリオが陰り、ハードランディング(景気後退)まで意識する投資家が増えた。その結果、リスク資産である株を回避して「質への逃避(フライト・トゥ・クオリティー)」が加速し、債券と円が買われた。
日本銀行が利上げを決定した背景には、個人消費が弱い中で円安が進行し、物価が予想以上に上昇することで消費が低迷し続ける懸念があったことが挙げられる。植田総裁は7月末の記者会見で、「円安が消費者物価の見通しに直接影響を与えたわけではないが、現実の物価が見通しよりも上振れるリスクはかなり大きい」と述べた。このため、利上げを通じて過度な円安を是正したいと考えた。しかし、円安是正が主目的と理解されると市場から際限のない利上げを求められる可能性があり、7月中旬からの円高基調はこのジレンマを避ける絶好のタイミングとなった。
さらに、通常は景気への悪影響から利上げに否定的な政府・与党からも利上げを求める声が相次いだ。実質賃金のマイナスが続き、円安によるインフレ懸念で個人消費が低迷している中、植田総裁は米国経済が堅調なうちに円高に急進行することなく、利上げによる円安牽制で個人消費の回復を図ろうと考えた。
日本国内では、円安への懸念が広がり、個人消費対策と輸出企業の収益確保のバランスを取るため、緩やかな円高ドル安が望まれていた。会見でも植田総裁は「少しずつでも早めに調整しておいた方が後は楽になる」と述べた。しかし、米国が利下げを本格化させた後に日銀が利上げを行うと、金利差が急速に縮まり、円高ドル安が加速するリスクが高まる。
残念ながら、米国経済への懸念が急速に広がり、日銀や多くの国民が期待していた形での円安是正には至らなかった。
張 益偉 Choko Zhang
上智大学卒業し、金融工学専攻。特許金融分析師(CFA)と金融リスクマネージャー(FRM)の資格を保有しています。卒業後、方正証券の半導体セクターアナリストとして2年間の経験を積み、現在はFinlogixでストラテジストアナリストとして勤務しています。
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