ニューヨークの日曜日の朝、ウバーに乗って指定された作家のアトリエに取材に出かけた。
2023年、前回訪れたニューヨークでは、同時に展示会が開催されていた。Derfner Judaice 博物館ニューヨークカレッジで、2023年9月10日から翌年の1月21まで開催された展示会は、好評を得て2カ月延長され、計7カ月の長期展示になった。
Guoは1955年に山東省日照で生まれ、1973年に山東省の芸術系短大である山東芸術学院に入学。その後、杭州の中国美術大学中国画学部に学び、卒業後はそのまま大学に残り、専任教員になるほど優秀だった。
その後、1986年にサンフランシスコ芸術学院に留学し、1988年からはニューヨークでアーティストとして活動してきた。
7カ月にわたる今回の博物館展は、彼女の50年回顧展であり、大型インスタレーション作品と平面作品57点が展示された。彼女は伝統的な中国の儒教教育を受けて育ち、アメリカに来たばかりの頃は、朝から晩まで3、4カ所の過酷なアルバイトをしながら、同じアーティストである夫との結婚生活の家計を一人で支えていたという。10年後、夫がある程度作家として名声を上げた頃、突然離婚を突き付けられ、晴天の霹靂のごとく全てが崩れ落ちたように感じた。彼女は高度のうつ病に悩まされ1日に何度も死を考えるようになったという。夫婦喧嘩の際にはDVも経験したが、訴えることは考えなかったと回想する。その後、空手の講師をしている男性と出会い、新しい家庭を築き娘を授かった。彼は子供はいらないと言ったが、彼女は医師と一緒に説得し、無事に産むことができたという。こうした経験から生まれた彼女自身の痛みが、女性主義をテーマにした彼女のアート作品に反映されていく。
「乳房シリーズ」の大型インスタレーション(2013から今まで)は、布を素材にしており、土俗的でドロドロとした田舎の人間関係あるいは家族関係を連想させる作品となっている。ノーベル文学賞を受賞した莫言氏の『豊乳肥臂』のシーンをも連想させるが、それは、生まれ育った環境とアメリカという新天地での暮らしを反映させた一人の女性のリアルな物語だ。乳房は、女性の体の象徴でもあるが、子供を育て上げる機能をも持っている。中国の伝統的な教育の中で、子供の頃は長女として妹と弟を献身的にケアし、アメリカに来てからは働き詰めで夫の学費と家計を支えることに何の疑問も感じずにいた。それが壊れた際のショックから今も完全には抜け出せず、うつが繰り返された。
その自身の痛みを作品にぶつけて来たからこそ、女性主義アーティストとしての彼女の作品には力強い「怒り」と「叫び」が含まれているのだ。『What Is My Name?』と題する50年回顧展は、誰かの子供であり、誰かの妻であり、誰かの母である前に、まず自分は一人の人間であり、一人の女性であることへの「問いかけ」である。男性社会の家父長的な制度の下で、身に染みついている慣習や観念、長い間自然に美徳とされてきた「献身的な」女性像。自分がもっとも軽視されていながら、それに気づくことさえない女性の現状に疑問を持ち始めたのは、彼女に大きな衝撃を与えた出来事がきっかけだった。そのことについては、「私は如何にして女性主義アーティストになったか」の中で詳しく述べられている。
『声なき風景』という墨絵シリーズ(2016年から今まで)では、コンテンポラリーの水墨画の中に女性の身体性を彷彿とさせる作品が多い。コンセプチュアルな作品の中でも、観る者によって異なる解釈や見方があるが、それは許容範囲を超えないものであり、考えさせられるきっかけを提供する現代アートの本当の意味を体現しているのかもしれない。
天井に吊るされた『パンチングバッグ』シリーズ(2014-2018年)は、痛烈で痛々しい。彼女の話を聞く前は行き過ぎた被害者意識にも感じたが、彼女の背景を知ると理解できる。うつに苦しみ、独特な傷を抱える彼女の痛みは深い。議論が深まると涙が溢れそうになり、話題を切り替えた。
アトリエで見かけた最近の新作シリーズは、壁掛けカーペットのような作品で、キャンバスの裏側からニードルパンチで民間の神様とスカルが描かれている。その横にはスカルの立体作品もあった。
新作の完成が楽しみである。彼女が経験した悲惨な出来事から来る脆弱な精神性を抱えながらも、その痛みを素材にした作品群はリアルであり、強烈だ。一度見たら忘れられない。
去年の森美術館で見た87歳から107歳の女性アーティストたちのグループショー『アナザー・エナージ』を思い出した。去年見た展示会の中で最も印象深い展示会だった。痛みを抱え、魂が覚醒した一人の女性主義アーティストの戦いは、この50周年回顧展からスタートした気がした。
洪欣
東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。ダブルスクールで文化服装学院デザイン課程の修士号取得。その後パリに留学した経験を持つ。デザイナー兼現代美術家、画廊経営者、作家としてマルチに活躍。アジアを世界に発信する文化人。
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