株式会社イトーヨーカ堂は1996年に中国に進出し、97年成都に1号店をオープンして以来、お客様に「期待を超えるお買物体験」を提供している。同社顧問の三枝富博氏は、これまで、反日デモや四川大地震など数々の危機を乗り越える中で、中国からの厚い信頼を獲得し、日本人の民間企業経営者として初の「成都市栄誉市民」称号、また、海外専門家に与えられる最高の栄誉賞「中国政府友誼賞」を受賞している。先頃、三枝富博氏にインタビューを行い、中国市場での挑戦、成功の要因、そして未来のビジネスリーダーに求められる資質などについて伺った。
―― 中国進出の人材の条件は、①利口はいらない②バカもいらない③大バカがほしい――だったそうですが、どういう意味でしょうか。御社の中国進出の背景と、師と仰ぐ故・塙昭彦氏のエピソードをお聞かせください。
三枝 「利口はいらない、バカもいらない、大バカがほしい」という言葉は、当時の日本のイトーヨーカ堂営業本部長であり、私の師と仰ぐ塙氏が言ったものです。塙氏は、日本のやり方をそのまま海外に持ち込んでも成功しないことをよく理解していました。中国進出においては、日本の常識を超えた情熱と柔軟性が必要でした。私たちが求めたのは、ロジックだけでなく、情熱を持って行動できる人材でした。
「利口」というのは、ロジックや道理を理解していても行動できない人を指します。頭の良さだけでは、未知の市場での成功は難しいです。「バカ」というのは、考えが浅く、一時の感情で動く人のことです。これでは新しい市場での挑戦に対応できません。「大バカ」というのは、固定観念に縛られず、ゼロから物事を考え、自分自身で目標を設定して行動し実現できる人のことを指します。塙氏が求めたのは、まさにこうした柔軟性と創造力、実行力を持った人材でした。
われわれが中国に進出した当時、中国のGDPは日本の約5分の1でした。そのため遅れたマーケットだと捉え、日本の先進的な考え方ややり方を持ち込めば必ず成功するだろうと考えていました。しかし、実際に現地に行ってみると、日本の方法は全く通用しませんでした。地元の暮らし方や価値観を理解しないと、ビジネスは成り立ちません。地域の人々をターゲットにした商売を成功させるためには、地元のニーズをゼロから考え直す必要がありました。
また、政府の期待と住民の期待には大きなギャップがありました。政府は、国民の生活水準を向上させるためのロジックを求めていましたが、具体的に何をすべきかは全く分かりませんでした。私たちはビジョンを持っていましたが、それをどう実行し実現させるかについては知識が不足していました。
例えば、どの産地にどのような商品があるのか、衣食住において何が不足し求められているのかを十分に理解していなかったのです。進んだものを持ち込めば成功するという考え方は通用しませんでした。そこからがわれわれの本当のスタートでした。固定観念を捨て、どのように挑戦できるかが問われたのです。
塙氏の教えを受け、われわれは中国市場において、固定観念に縛られず、生活する人の立場に立ってゼロから考え行動することの重要性を学びました。その結果、中国人材が成長し中国で成功を収めることができました。この経験は、今後の海外展開にも大いに役立つと確信しています。
―― かつて中国のGDPは日本の5分の1でしたが、今では日本の約4倍です。帰国して社長に就任するまで21年間、中国でビジネスを展開されましたが、歴史の証人として、中国の経済成長をどのように分析していますか。
三枝 中国の経済成長は、現実として世界をリードする経済規模に達しており、そのクオリティーも非常に向上しています。私が中国に赴任した頃、日本では中国を「暗黒大陸」と認識していました。東西や南北の格差が大きく、いつ爆発してもおかしくない状態と見られていたのです。私が最初に赴任したのは北京で、その後成都市が非常に積極的に支援してくれたおかげで、1号店は成都に開店しました。
当時の北京や成都は雪が降ると馬車が練炭を積んで売っており、それを使って外で調理するという時代でした。街の暗さや生活の質は、現在と比べるとまったく違いました。車も軽自動車の「面包車」ばかりで、外国車など考えられませんでした。それが今では、日本が10年かかるような変化を1年で遂げるスピード感で発展しています。
90年代後半から2000年代にかけて、経済発展と共に生活の質が大きく変わりました。香港返還の頃から劇的な変化が見られ、収入が増えることで住環境が改善され、求められる商品の質も向上しました。2010年以降は、物の豊かさから心の豊かさへのシフトが見られるようになりました。
売れるものが毎年変わる中で、どうやって新しいものを提供するかが問われました。私は人材教育として社員たちを海外に連れて行き、進んだ地域の生活を体験して視野を広げ、視点を高めてもらいました。シンガポールや日本、ヨーロッパ、アメリカなどの先進地域を訪れることで、中国も収入増によって価値観や考え方が変わることを学ばせたかったのです。個人の成長なくしてチームの成長は達成できないのです。
私は、中国の経済発展を見ながら、変化に対応することの重要性を痛感しました。中国の内陸の奥地で働きながらも、社員と共に成長することで企業全体が発展したと感じています。
―― 三枝さんにはとても強い信念を感じます。中国では反日運動(2005年)や四川大地震(2008年)など数々の危機に遭遇されました。異国の地で、文化・習慣が違う中、どのような思いで危機を乗り越えて来られたのですか。
三枝 私が中国で直面した危機は、多岐にわたります。人的な危機や自然災害、そして反日運動といった政治的な問題も含まれていました。中国の歴史を振り返ると、日本との関係は複雑であり、特に反日運動はその一環として理解できます。歴史認識をしっかり持ち、経済活動と政治運動を分けて考えることが重要でした。
反日運動の際、私たちは常に「経済活動を通じて民間の交流を促進し、生活を向上させる」という目的を持っていることを強調し、政治運動に関与するのではなく、地域の人々の生活を豊かにするための活動であることを訴えました。当時、伊藤名誉会長から、「まずはお客さま、次に従業員の命を守り、その後に自分たちの命を守りなさい」との言葉をいただきました。この教えに従い、商品や店舗の損失よりも人命を最優先に考えることが大切だと学びました。
その頃は、日本企業で働く現地社員たちが大変な思いをしました。社員たちに対して、「私たちは日本のためにお金を稼ぐのではなく、地域の人々に喜んでもらうために働いている」と繰り返し伝えました。政治運動を非難するのではなく、愛国運動として理解しながらも、私たちの目的は地域の人々の生活を向上させることだと説得し続けたのです。従業員たちの納得感が使命感となって必死に努力してくれました。
四川大地震の際も、私たちは地域の人々のために迅速な行動を取りました。地震が発生した当日に、トラックを手配して水や米、ラーメンなどの必要物資を確保し、翌日から店舗を開けました。これにより、党や政府から感謝の言葉をいただき、信頼を築くことができたのです。
危機を乗り越えるためには、まずは人命を最優先に考え、地域の人々のために何ができるかを常に考えることが重要です。その上で、私たちの行動が地域の人々に評価され、信頼を得ることができると信じています。この信念を持ち続けることで、中国でのビジネスを成功させることができました。
後年、私たちの取り組みが評価され、人民大会堂で友誼賞を受賞しました。この賞は民間企業として非常に珍しいことであり、私たちの活動が中国の人々に認められた証だと思います。特に社員たちが喜んでくれたことが何よりも嬉しかったです。中国での経験を通じて、信念を持ち続けることの大切さを学びました。
―― コロナ禍におけるネットショッピングの利用者急増や、AIの活用による新たなビジネスの創出など、世界は急速に大きく変わりつつあります。こうしたビジネス環境の変化に対応できるリーダー像、また女性の登用についてどのようにお考えですか。
三枝 現代の急速なビジネス環境の変化に対応できるリーダーについて考えるとき、重要なのは、以下の三つの要素です。
まず一つ目は、企業がどの方向に進むべきかを常に見定めることがリーダーの最も重要な役割です。ビジョンを持ち、それを実現するための戦略を策定し、明確な方向性を示すことが必要です。
二つ目は、企業の持つリソース、すなわちヒト、モノ、カネ、情報をどのように配分するかを決定することです。どこに投資すれば最も利益を生み、企業の永続的な成長を実現できるのかを見極めることが求められます。
三つ目は、人材を成長させることです。優れたリーダーは、自ら学び続けると同時に、社員の育成にも力を入れます。人材を育てることで、企業全体の能力を底上げし、持続可能な成長を実現します。
この三つの要素は、どのような組織でも共通して必要なものです。戦略や方法論は時代とともに変わっていきますが、リーダーとしての基本的な考え方は普遍的であり、これをしっかりと軸として持つことが重要です。
また、女性リーダーの登用に関しては、中国での経験から学んだことがあります。現在、イトーヨーカ堂の中国総代表は、黄亜美という女性の方です。中国で働く中で、現地の女性社員たちは非常に優秀であり、彼女たちの視点やアイデアがビジネスの成功に大いに寄与していることを実感しました。これにより、女性の登用が企業の競争力を高めることを確信しています。
それから、リーダーは常に勉強し続けなければいけません。その重要性を、私は師である塙氏から学びました。塙氏は、「論語」などの古典を通じて、普遍的な哲学や人生観を学ぶことの大切さを教えてくれました。これらの古典は、2500年前の考え方でありながら、現代にも通じる普遍的な価値を持っています。テクノロジーがいくら進化しても、人間の本質は変わらないという視点から、古典を学び、そこから得られる知恵を現代に応用することが大切です。
最後に、いくらAIが進化しても、最終的な判断は人間が行うものです。AIはツールとして非常に有用ですが、リーダーとしての判断力や人間性を持つことが求められます。これからのリーダーは、テクノロジーと人間性のバランスを取りながら、企業を導いていく能力が必要になってくると思います。
―― 現在、日本で多くの中国人ビジネスマンが起業し、活躍しています。一方、海外に出ていく日本の若者は減少傾向にあると言われています。両国の若者はそれぞれの相手から何を学ぶべきだと考えますか。
三枝 他のアジア諸国、特に中国や韓国は積極的に海外に出て学び、成長しています。一方で、日本は過去の成功体験に縛られ、成長を目指す意欲が減少しているように思います。成長を目指さない現状維持の姿勢は危険であり、国際社会で生き残るためには、常に期待感を超える挑戦をし続けて、成長を実現していく必要があります。
日本の若者は、中国の若者のチャレンジ精神や柔軟な適応力、国際志向などを学ぶことで、より積極的に新しいことに挑戦できるようになるでしょう。中国の若者は、日本の若者の品質追求や協調して目標を達成する能力などを学ぶことで、より質の高い社会や製品を目指すことができます。
日本と中国の若者がお互いの長所を学び合うことで、新たな価値を創造することが可能になるのです。固定観念に縛られず、異なる視点を受け入れることで、両国の若者はより豊かな未来を築くことができると信じています。
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